『みんなが嬉しい街おこしを目指して』 第四話「宮崎から来た天使」 政夫のつくる「まかない」は豪華だ。前日仕入れた地場の野菜や魚介類を中心に、以前と同じように本格的な創作イタリアンができあがる。同じ麺でもパスタばかりではなく、たまにはラーメンや沖縄そばが食べたくなったときは、泰子シェフの出番となるが、政夫の気持ちは開店以来ずっと書き続けて12冊目になる新しい「料理メモ」にある。 長女の幸枝が高校を出てから地元の郵便局に勤め、昨年、局長さんの紹介で結婚。今は主人が栄転して東京暮らしになった。大学二年生になる長男の大知も関東の大学に進学し、休みの度に実家に戻ってレストランを手伝ってくれるものの、賑やかだった家庭はふだん夫婦ふたりだけの静かな生活になっていた。そんな寂しい暮らしにときどき明るい光を与えてくれるのは、宮崎からこちらの大学に進学して同じマンションに越してきた玉田さと子(18)だった。 宮崎県人独特の訛りとイントネーション、明るく物怖じしない性格は、沖縄から出てきて頑張ってきて、成長した子どもたちと今は別れて暮らすふたりにとっては、まさに天が授けてくれた娘のような存在に感じられた。泰子はそんなさと子を気遣い、よく食事にも誘っていた。店のまかないは午後9時の閉店後1時間くらいあとになるが、学費は奨学金で賄っていても、アルバイトをして仕送りを補っているさと子にとっても、バイトあがりの遅い夕食はとても都合がよかった。いつの間にか、一緒に夕食を取ることが三人の日課のようになり、バイトがない休日にさと子がレストランのフロアに立つ機会も増えていった。そして、いつしか泰子のことを「お母さん」と呼ぶようになっていた。 泰子から政夫のレストランについての悩みを間接的に聞いていたのか、ある日の夕食の席でさと子が話しを切り出した。「大学にアカデミックコモンズという施設があって、そこにいる古家さんや田中先輩にいろいろ勉強のことなど指導してもらっているの。この前ふたりが仲間の人たちと相談しているのを聞いていたんだけど、地域を元気にする取り組みを大学生が率先してできないかって真剣に話し合ってて、わたしまで胸がじぃ~んとなっちゃった」。大学に進学していない政夫は「大学生って素晴らしいな。もうすぐ試験が終わったら夏休みになるだろう。定休日にみんなをうちに食事に誘ってくれないかな。お父さんもみんなと話しがしてみたいんだ」。 大学生への憧れか、若者たちの地域活動を応援するためか、はたまた自分が何かやりたいという願望か。理由はなにであれ話しはとんとん拍子に進み、2週間後の水曜の夜に若者たちがレストランに集まることになった。わくわく感が隠せない政夫が、久々に新鮮な刺激を受けて暴走してしまわないか..泰子は少し心配ではあったが、久しぶりに目を輝かせて楽しそうに歓迎の準備のことを語る政夫が頼もしく可愛いく感じた。 若者たちは午後5時の集合時間5分前に店頭に集まっていた。古家良和(23)をリーダーとして、田中隆祐(22)ら男女5名のボランティアグループ。これにさと子が加わって、6名貸し切りのディナータイムが定刻通りにスタートした。テーブル席の方が落ち着くが、政夫たちとの会話ができないので、全員カウンターに並んでもらった。みんな正装に近いきちんとした服装で来てくれていたので、フレンチとイタリアンの違いを説明した。 もともとフランス料理は、イタリアのメディチ家の皇女・カテリーナがフランスのアンリ2世に嫁いでパリに移り住む時に、連れてきた料理人がフランス貴族にナポリ風の料理を広めたのがルーツとなっている。イタリア料理はどちらかというと素材を重視し厳選し、地元の素材の良さを生かしてシンプルに仕上げた料理で、フランス料理はソースと素材をうまく組み合わせた奥行きのある料理になっている。簡単に言えば、お母さんが作る地元の家庭料理であるイタリア料理に対して、フランス料理はシェフによって計算し尽くされたがプロの味というのが違いのポイントになる。なのでマナー面でも、フレンチはノンジャケット禁止だが、イタリアンはより気軽に食べられるのが特徴なのだ。 若者たちにごちそうするコースは、ディナータイム5,000円の「シェフお任せスペシャルコース」。「アミューズ」「前菜」「サラダ」「スープ」「パスタ」「魚料理」「肉料理」「デザート」というボリュームたっぷりのラインナップに、普段は1ドリンクがつく。この夜は、フリードリンクで楽しんでもらうことにした。さと子以外はみんな成人だったので、「気兼ねなく」リクエストを聞くと、4人がワインを下さいと答える。「乾杯はビール」というのは、どうやらおじさんたちだけの世界のことらしい。ここで泰子が俄然張り切りだした。 つづく この物語は、すべてフィクションです。同姓同名の登場人物がいても、本人に問い合わせはしないでください(笑) |