先日読んだフランスの金融・経済新聞レゼコー(les Echos)に、ちょっと笑ってしまう記事があった。いやその短い記事の意図は真面目なのだけれども、そこに引用されている言葉が傑作なのだ。 記事は英国の経済界に関するもので、世界の四大会計事務所の一つであるEY(元はアーンスト&ヤングといったが今はそうは呼ばないらしい)が行ったアンケート結果が報告されている。 それによると、昨年末に英国の外国企業254社の経営者に「EU離脱を受けて資本を大陸に移すとしたら、どの国にしますか」というEYの質問に、ドイツと答えた企業が一番多かったという。 その次がオランダで、フランスは三位だったそうだ。ついでに四位はアイルランド。 トランプの大統領就任で多国籍企業にはさらに不安の種が増えた。彼らの富の増減を大きく左右する為替率の変動も予測不可能。 興味深いことに、これら多国籍企業がドイツを選んだ大きな理由はその政治が安定しているためで、英国を離れるとしても必ずしもEU離脱が原因ではなく、欧州市場の不確実性と政治の不安定の方がもっと深刻な問題だと経営者たちは答えたそうだ。 つまりそれらの点で目下のフランスは、安心できる政治状況を提供できるわけでなく、財政状況もあまり好ましくはなく、行政官庁も効率がいいとは言えない、ということだ、とEYは結論付けている。 そんなニュースのどこが面白いかって? 実はこの記事、「最後に勝つのはいつもドイツだ」という文章で始まり、英国の往年のサッカー名選手ゲイリー・リネカーのこの台詞は経済にも当てはまる、と言っている。 私はそんな台詞もその発言者のことも知らなかったので調べたところ、これは1990年のサッカー世界選手権大会の準決勝で英国がドイツに敗れた際のコメントなのだそうだ。 全文はこうなっている。 「サッカーは単純なゲームさ。22人の男たちが90分ボールを追いかける。そして最後にはいつもドイツが勝つ。」 実際はいつもドイツが勝つわけでなく、2014年の優勝は久々の快挙だった。しかし1990年にリネカー選手にそう言わせただけあって、英国を破ったドイツは決勝でアルゼンチンを下して優勝している。 レゼコーの記事はちょっと捨て鉢な感じもして、フランス人にしては可愛げがあると思う一方、私はこのリネカーという選手のセンスに多いに感じ入った。まさに優雅な敗者だ。 英国人のユーモアは良く知られているが、私が好きなのは、彼らが自分のことを笑えるという点である。つまり、精神に常に余裕があるのだ。 その例として記憶に残っているのは、確か吉田健一氏のエッセイで言及されていたと思うが、チャーチルが戦時中に言ったという台詞だ。 首相官邸で空襲警報を聞き、ガウン姿で慌ててヘルメットを被って二階から降りて来る途中、鏡に映った自分の姿を見て、下で待ち構えている部下に「君、戦争というものは、人間を実に滑稽な姿に変えるのだね」と言ったそうだ。 こういうゆとりや笑いのセンスは、残念ながらドイツ人には期待できない。 何かの本で、世界で一番薄い本はベルギーの歴史とドイツ人のユーモア話と読んだことがある。 ベルギーという国家の誕生は1830年だから、新大陸のアメリカ合衆国などよりずっと新しい。 (ついでながら、そのとき現在のベルギー内では適当な人材が見つからなかったようで、国王はドイツから連れてきた。といってもベルギーは別に恥じる必要はない。お隣のオランダを見よ。ベアトリックス前女王もその母親のユリアナ女王も、さらにその前のウィルヘルミナ女王も、王配は全員がドイツから婿入りしているではないか。) ベルギー、オランダの話はともかく、ドイツ人のユーモアの件は面白いと思ったので夫にそれを言うと、彼は「それはドイツ人への偏見だ」とふくれっ面をした。 ほーら、そうやってムキになるところがバカにされるのよ。アハハ、そうだね、って笑わなきゃ。 |