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能登半島地震のあと、1月12日に投書しましたが、ボツのようです。 ***** 能登半島地震への台湾市民からの義援金が、受付開始から5日間で11億8000万円を超えたという報道が11日にあった。台湾当局の呼びかけに応えたものらしい。いかに日本に友好的な感情を持つ台湾人が多いかを物語っている事例だ。しかし、その背後にこんな報道があったことは、日本ではほとんど知られていない。 定年後に台湾に移住した友人によると、震災当時、能登空港のある能登町には500人を超える台湾人観光客がいたという。近くの和倉温泉などで日本の正月を楽しむために訪れていたのだろ … [続きを読む] |
3月2日の京都新聞コラムを批判するような投書を送った。いつもはこの手の投書はボツになるのだが、意外にも今朝の新聞に載っていた。 コラムは自民党派閥裏金事件の政治倫理審査会について批判的なものだったが、最後は、裏金議員に対しては国民が選挙で引導を渡すべきだで結んでいた。が、それができていないのが今の日本国で、このコラム子さん、何を書いてるんだという憤懣をオブラートに包んで書いた。 実は、この二か月、帯状疱疹に苦しんでいる。痛い、痒い、これがずっと続いている。皮膚科もお手上げで、麻酔科に通って、ブロック注射を受けている。が、 … [続きを読む] |
新年早々に能登地方で大地震が発生した。京都も大きな揺れを感じた。今は最小限の被害を祈るのみだ。 *** *** 会いたい龍が洛北にいる。 |
◆タイガースがセリーグ優勝を決めた翌日に京都新聞に投書しましたが、没になったものです。
日本人が一番日本語を知らない。コレソレアレの違いを聞くと、たいていの人は距離という。そんな人に実験する。頭の上にペンを置くと「コレ」という。前の机に置いてもコレ。一歩下がると「ソレ」。二三歩下がってもソレ。五六歩下がると「アレ」になる。ソレとアレの境界線は曖昧だ。
こんな日本人が多い。正しくは私がどこまでペンを持って下がっても「ソレ」だ。その |
阪神タイガースがセリーグ優勝を決めた9月14日の翌日、京都新聞に投書を送った。が、載らなかった。38年ぶりに日本一を決めた11月5日はその直後に投書を送った。が、ずっと載らなかった。それが、突然、12月2日になって、載った。ところが、これが自分が書いたものとは思えない形に変えられてしまっていた。まずオリジナルはこれだ。
【投書原稿】 徒然草に兼好が自讃を残している。白河院や関白藤原師実(もろざね)の随身 |
続けて、8月に掲載された投書をお届けする。 和田誠さんは、イラストレーター・グラフィックデザイナー・エッセイスト・映画監督などなど、マルチな才能で有名な方だった。その回顧展が2023年5月20日〜6月18日まで京都でも開かれた。 私は和田さんとは何の面識もないが、私と同様何の面識も、縁も縁もないのに、かつて友人がプラネタリウムの番組を企画し、突撃して交渉したことがある。もともと天文少年だった和田さんならという彼の見込み通り、和田さんは企画にのってくれて、企画以上の作品に仕上がった。そんな昔話から、私も展覧会を見に行って、その時に感じたこと … [続きを読む] |
京都新聞には読者投稿欄が二つある。「窓」と「こまど」だ。制限500字の「窓」には2019年以来続けてきた。一方、日々の生活での心和む、軽い話を載せている「こまど」は400字以内で、ある日ふと思い立って、こちらにも投稿してみたら……、載った。 実は、載った日の新聞を見ても気付かなかった。いつも真っ先に私の投書を見つけてくれる旧友のA君さえ見落としていた。気付いたのはA君の奥さん。そんな記事だが、報告が遅れた。学期末で仕事に追われ、気がつけばもう8月半ば。次の投書が「窓」欄に載ったので、慌ててこれを書いているが、日付は7月にしている。 * … [続きを読む] |
京都新聞の記事に誘われて、昔の思い出を投稿しました。この投書が掲載された5月16日は、いつものように友人のA君が真っ先にLINEで知らせてくれました。実は、その時、どっちの投書が載ったのだろうと思ったのです。 なぜなら、3月に葵祭に関すること、4月に中国人留学生の寮についてと、二つ送っていたからです。雨天順延になった葵祭当日の新聞だから、密かに3月の投書を期待していたのですが、ボツでした。ボツはこのブログの前にアップしています。では、思い出話をご笑覧ください。 * * * * * * * そこは京の街中に突如現れた … [続きを読む] |
3月11日に京都新聞に投稿し、5月の葵祭の頃にもしかしたら掲載してもらえるかな、と期待していた原稿です。 * * * * * * * 2024年に開園100周年を迎える府立植物園の「未来構想」の一環として整備計画が進められている。しかし、その構想に同地の地理的特性は十分反映されているだろうか。 令和2年の基本計画には、園内には「上賀茂神社の境外末社・半木神社が鎮座する」と記す。半木(なからぎ)は流木(ながれき)の転訛という説もあるが、それなら「流れ死に」が「半ら死に」に転訛することも可能なのか。不審である。 「半ら」 … [続きを読む] |
初めて救急車に乗ったのは1978年のこと。大学サークルの夏合宿が終わり、京都駅前で解散という時だった。2年後輩のキョジン君がフラフラと「やまむらさ~ん」とやってきて、バタンと倒れてしまったのだ。これは大変ということで即救急車を呼んだ。漫才師のオール巨人に似ている彼にその名前を付けたのは私という責任?もあり、何より乗ってみたかったので、病院まで付き添った。結局、熱射病(今なら熱中症)で大したことなかったが、サイレン鳴らして他の車を蹴散らし走行するのは楽しかった。 5月3日2度目の救急車に乗った。それも自分で家に呼んで。出血が止まら … [続きを読む] |
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