素晴らしいですね。
9月Ⅰ日は、きっと良い結果が!ご健闘お祈りします。
感性工学会で発表する「固寧倉」に関するペーパーを作成しました。 9/1の本番までに、もう少し文言部分を整理しておきたいと思います。いいじまさんにもチェックしてもらって、もう百人力です♪ 固寧倉(こねいそう)は、儒教の古典「書経」にある「民は邦(くに)の本、本固ければ国寧(やす)し」から命名。 姫路藩では、地域住民が穀物を出しあい自然災害に備える固寧倉が整備され、1848年に288倉に及ぶ。 民間が提案し、大庄屋・農民(頼母子講)・姫路藩が資金を出し合い整備。江戸時代の官民共働が機能した。 災害などの非常時に備えて米・麦・籾を貯蔵し、平時には貯蔵食糧を低利で貸すことで継続運用された。 貸出は農民だけでなく庄屋や他の固寧倉も、借用証文を取り交わし、利息は0.3%で期間は3~5ヶ月。 飢饉などの災害時には、固寧倉を開放し無利子で食糧を放出。代納で積み立てた資金の提供も行った。 江戸時代は、多様な互助的災害支援の仕組みがネットワーク化されており、固寧倉は、持続可能な仕組みとして運用され、地域のセーフティネットとなっていた。 |