小さな頃から扁桃腺が大きく、しばしば高熱を出して寝込んでいました。成人してからも、40度近い熱が数日続くという辛い症状が時折出て、扁桃腺が真っ赤に腫れてそこに膿が白く浮き出しまるで完熟イチゴみたいになっていました。疲れが重なると発生するいわば持病のようなものですが、さすがに大人になれてきたからか、厄年を過ぎたあたりからはそこまで酷くならなくなりました。 1週間前の1月14日、そう7年ぶりの大雪になった成人式の日から東京でお仕事でした。始発の新幹線で到着した東京駅は冷たい雨がしとしと降っていました。「爆弾低気圧の影響で風雨に注意」という天気予報だったので、「雪」の予想も準備もまったくなし。おまけに普段外出のときにいつも被っている帽子も自宅に忘れて無防備状態でした。 午前の打ち合わせを終えて外に出てびっくり。一面の銀世界どころか北陸で見るみたいに積もっていくのがみるみるわかるくらいの積雪。姫路では絶対に見れない光景です。何が困ったかと言えば「移動」。山手線や地下鉄が動いてくれてていたので助かりましたが、JRや私鉄の各路線が続々と止まり、道路はあちこちで事故や立ち往生が続発してバスもタクシーも動けない。帝都東京はマヒ状態となりました。 こんな経験はなかなかできないと、はしゃぐ気持ちを抑えながら、なんとか予定された仕事をクリアしてホテルに戻った時には、それでも10,000歩を軽く越えていました。翌日からは風雪が収まった中ではありましたが、4度前後の寒気の中を移動。ずいぶんと身体にダメージはあったはずです。姫路に戻るまでは「なんくるなかった」のですが、木曜には寒気がして少し熱っぽかったので、仕事半日でおえて自宅で静養することにしました。本来なら、これで元気になっているはずでした。 金曜日、朝から大阪に出向く用があって、いつものように姫路駅で新快速に乗車。ところが、発車間際になって舞子-朝霧間で人身事故の連絡。新快速はそのまま回送になって、乗り込んでいた乗客は下ろされ、約40分間ふきっさらしのホームで電車を待たされることになりました。この日は、福島でガードにトラックが接触したり、山科で信号故障が起こったりと、その後もJRはボコボコでした。 この日は朝から姫路医療センターに診察にいき血液検査をしましたが、その時に他の数値は改善されていたのに白血球だけが異常に高い。そう、直接の症状は出ていなくても、すでに扁桃腺での攻防は始まっていたのです。新快速の入線を待つ間に悪寒が走りまたまた熱っぽくなります。電車に乗れれば落ち着くかなと思いましたが、寒気は全然治まりませんでした。 翌日午後になってからかなり体温があがり、具合が悪いのが実感できたのでかかりつけ病院にいくと、通常は35度後半の体温が38.2 度..これはきついです。1週間隔離状態になるインフルエンザではなかったのが幸いでしたが、本当なら日曜から東京のはずだったはずの予定をお医者(隣保の旦那さん)のアドバイスもあり変更して自宅で過ごすことにしました。 点滴と投薬と休養のおかげで、今回は大事に至らずに済みそう。病巣と闘っていた右喉元のリンパ腺の腫れもずいぶんと小さくなり痛みも和らぎました。もう一日自宅でゆっくりできれば「完治」になると思いますが、今日明日は東京で大切な会議があるので、頑張って新幹線に乗っていってきます♪ |