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2013年06月16日(日) 
パソコン通信人口は1994年にはピークを迎え、300万人が2800のホスト局を利用する(総務省『情報通信白書'96』)までに成長した。大手BBSは全国にアクセスポイントと呼ばれる通信拠点を整備し、概ねどこからでも市内料金で通信ができるような環境ができあがっていた。より安く、より速く、より大きな大手BBSへと急速に吸収されていった。

「草の根BBS」側も、大手の囲い込み戦略に無抵抗で陥落していったわけではない。中には大分のCOARAのようにその後の日本の地域情報化のイニシアティブを握る存在に育ったものや、千葉の館山ネットのように姿は変えながらも多数の行政を巻き込んで郡部に高速インフラを整備したような事例もある。しかし、多くの草の根BBS連携の動きは交流段階に止まり、具体的な共同事業まで発展することなく次第に舞台からその姿を消していくこととなる。

全国から多数のユーザーが集う大手BBSでも、人気はやはり電子掲示板だった。FORUMやSIGなどと呼ばれる機能は、ユーザーが自由にテーマを決めて開設することができた。会ったことも話したこともない遠隔地の人たちが集まり、ハンドルネームと言われる愛称で互いを呼び合って交流を広げていた。技術の進歩で通信速度があがり、簡単に接続できるソフトが流通して敷居が下がり、日本語が使えるようになって利用者は急速に増加した。しかしその賑わいには、草の根BBSの関係者たちが夢見た温かいコミュニティはなかった。

電子掲示板では、書き込みを起因とするトラブルが日常茶飯事となった。書き込まれた言葉尻を取って相手を批判する手法は更なる批判を呼び、限りない泥沼の水掛け論となった。電子掲示板に「楽しみ」や「癒し」を求めてきた多くの人たちが、この有様をみてその場から離れたが、大概は引っ越しをした先でも同じ事が起こった。トラブルはついに紛争となり、時には裁判沙汰になるものもあった。比較的地域性が強かった草の根BBSでは、想定もしていなかったことであるが、ネットを利用する際のモラル「ネチケット」が取り入れられたり、情報量が限定される文字でのやり取りを補完するために「行間を読む」ということが推奨されるようになった。

なんとか運営が続けていけたのは、ボードオペやシグオペ(SIG-OP)と呼ばれる掲示板の管理者による献身的努力と希有なバランス感覚で、常に制御されていたからである。管理者たちは、トラブルになりそうな書き込みを事前にチェックし、書き手に注意や訂正を求めた。時によってはその場で削除したりもした。トラブルが発生した場合は、双方の言い分を聴取して調整を図った。ネットで埒があかないときは電話で直接話す。それでもダメなら、わざわざ遠くに出かけていって説得を試みた。

利用者からは見えないところで掲示板という場を支えたのは、ほとんどは無償ボランティアとして役割を担った掲示板管理者という名の英雄たちのおかげだったのである。

閲覧数503 カテゴリ出版 コメント0 投稿日時2013/06/16 19:57
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