明治生まれの母から聞いた話だが、昔の大阪には「上燗屋」(じょうかんや)という商売があったそうな。
今で言えば居酒屋のようなものだが、ちょっと違うのは、美味しい酒を飲ますこととアテがかんとだきに特化していたことだ。
「上燗屋」の上燗というのは、上々の燗つまりちょうど飲みごろの温度に燗をした酒という意味で、温度にすると45℃前後になる。しかしこの言葉を知る人は、今の大人の日本人でも1割もいないだろう。呑み屋で《酒をくれ》と言ったら鸚鵡返しに《熱燗ですか》と聞いてくるのが普通だ。《いいや、上燗にして》と言いたいところだが、燗イコール熱燗だと思っている店員には通じない。いや店員ばかりではない、店主でも板場でもこの言葉を知る人は希少だろう。そこで《あんまり熱うせんといて》と言うことにしている。
今日はかんとだきにしようと昨日から決めていたから、奮発してコロを買ってきた。コロを食べるのは何年ぶりだろう。高くて手が出なかったからだが、今日買ってきたのも僅か60gで780円もした。100gにすると1,300円にもなるが、たまにはこんな贅沢もいいだろう。
大阪風の、よく味のしみ込んだかんとだきに上燗の酒、絶妙の取り合わせだ。娘の帰りが遅いので一人で静かに味わった。牧水の歌ではないが、秋の夜の酒は独り静かに飲むのがいちばんだ。