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2016年07月26日(火) 

一昨日(7月24日)、最初に訪れたのは黄檗山 萬福寺(おうばくさん まんぷくじ)です。

京阪宇治線の黄檗駅から東へ5分ほど歩くと萬福寺の門前に着きます。

近くに住んでいながら、僕がこのお寺に来たのは初めてです。

 

この門は総門と言い、禅寺の内と外を分ける表門にあたります。

反りの大きな屋根は中央が高く左右が低い中国風の様式です。

 

境内に入って少し歩き、右に折れて少し行くと、左側に三門が現れます。2層の巨大な建物で、伽藍の入口にあたります。

三門を入ったところで拝観料を納め、いただいたリーフレットを見ると、この寺の規模の壮大さが解ります。

 

 

 

伽藍配置は、主要なお堂が一直線に並び、その左右にいろいろな建物が配置されていて、各建物は回廊で結ばれています。回廊の天井にはたくさんの行灯が吊り下げられていました。

 

 

三門を入って最初に現れる大きなお堂は天王殿で、寺僧の話ではこの建物が寺の玄関にあたるそうです。

正面には金色の大きな布袋尊が祀られています。このにこやかな像を見ていると、禅寺という堅苦しさは消え去りました。

布袋尊と背中合わせに韋駄天が祀られていますが、その顔は人間味のある表情で、布袋さんと好一対でした。

 

 

天王殿の後ろにはこの寺の本堂である大雄宝殿(だいおうほうでん)があります。本尊は釈迦如来です。

2層の巨大な建物は、寺の中心に相応しい堂々たる佇まいでした。

また、正面に置かれている香炉は異国情緒漂う美しいものでした。

 

 

更に奥へ行くと法堂(はっとう)があります。ここは説法が行われるところだそうです。

スッキリとした優しい建物ですが、この建物の前に設けられた勾欄(こうらん)が「卍崩し」になっているのが中国風だと説明されています。

 

大雄宝殿の向かって右(南)へ行くと斎堂(さいどう)があります。斎堂は僧侶が食事をする場所で、軒下には開版(かいぱん)が吊り下げてありました。これは時を知らせるもので、魚梆(ぎょぱん)とも呼ばれ、禅寺特有のものです。また、同じ並びに青銅製の鳴りものも吊り下げてありましたが、これは何というものか分かりません。

 

 

まだまだ見たいところはありましたが、次に行くところがあるので、このあたりで萬福寺を出ることにしました。

境内を歩いていると、蓮の鉢植えがたくさん置いてありました。もう盛りは過ぎたようですが、それでも美しい花がいくつか見られました。

総門を入ったところにある池は蓮で覆われていますが、花は少ししか咲いていません。池の蓮は大体遅いので、まだこれから咲くのかもしれません。

  

 

総門を出ても隣接した土地にいくつもの支院が並んでいました。

 

 

万福寺は大きくは臨済宗に含まれますが、他の臨済宗の本山(建仁寺、東福寺、南禅寺、大徳寺、妙心寺など)が「臨済宗〇〇派」と称しているのに、ここだけは「黄檗宗」と称しています。

この寺は上記の諸大寺から遅れること300~400年、中国から渡来した高僧・隠元禅師によって1654年に開かれた寺で、そういうこともあって隠元が中国時代にいた黄檗山 万福寺をそのままこの寺の名前とし、宗派名を黄檗宗としたのでしょう。

儀式の様式や毎日誦まれるお経の発音も当時(明朝)の中国式で行われているようです。


閲覧数404 カテゴリ日記 コメント2 投稿日時2016/07/26 11:52
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定年退職して19年、しかし40年やってきた土木屋魂は未だに消えませ…
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