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2017年01月30日(月) 
ホー博士もポープもカブキの持っていた超小型ラジカセを目にした途端欲しがりだした。その頃世界でも話題のS社ヒット商品で、輸入規制が厳しいアルゼンチンでは絶対手に入らない。軍事政権が工業化を推進し片っ端から輸入禁止にしていた。

ブエノスアイレスで一番のショッピング街フロリダ通りにハロッズがあったがなんと驚いたことにフロアーはたったふたつだけであとは閉鎖、売られているものは乏しいを通り越して何も無いに等しい。チェスはそこで買った。よくあるお土産用の大理石の小型のではなく、木でできた通常サイズだった。

ガレンタインに一時帰国の提案をしてからホー博士は、「一時帰国することになったらそのラジカセを君が買ったときの値段で買うよ、君はまた新品が買えるじゃないか」と繰り返し口にするようになった。まさか彼がラジカセ欲しさにことを進めたとは思わないが、関心を持ってくれフォローぐらいはしてくれたのであろう。ポープとて同じだったかも知れない。

そして丁度その頃に工場からカブキのボスが南米へ出張してきてアルゼンチン支社が現地視察をスケジュールしてくれた。早速カブキはお客であるイドロノールをはじめ全体エンジニアのギッブ、電気エンジニアM&Mおよび関係会社を招待しネウケンのレストランでわが社主催のパーティーを開催した。ボスの席上挨拶にはカブキの一時帰国への協力お願いも加えてもらうようお願いした。

そして当日、ネウケン空港へ迎えに行き現場を視察後F-11に案内しカブキのつくった握り寿司を味わって貰い、川見物にも行ってからネウケン市内に行きホテルで着替えて日暮れてからレストランで皆さんを迎えた。急なことだったのに全員快く応じて参加してくれ盛会に終わった。但しボスはカブキの一時帰国にはなんら触れなかった。その場の空気で敢えて言う必要もないと判断したということだった。

ボスの判断どおり、間もなくリターン飛行フィーを支払うから滞在を一時中断というレターが届きすぐ帰国準備にはいった。提案してから10日も経っていない。現場だけの事務的な判断なのでクイックに済んだのだろう。早速一時帰国の準備に入り2月の中頃に現場を離れた。あの頃のビジネスクラスは70万円くらいだったと記憶するが、おそらくイドロノールが払ってくれたのだろう。

ラジカセはホー博士の手に。ポープが言うには、彼はガールフレンドへプレゼントするらしい。

閲覧数675 カテゴリ名もなき人々(Los cosos en mi pasado) コメント0 投稿日時2017/01/30 16:17
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