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2017年02月17日(金) 
この題から、今はやりの「食べてはいけない危険な食品」シリーズかと思われた方も多いでしょうが、そういう話ではありません。

今日(ドイツ時間です)のカーリーさんのブログのタイトルに「ハラル」という言葉があったので、おや、日本でも、最近増えているというイスラム教徒と、彼らにとっての異教徒(もちろん大半が日本人)との間に、ややっこしい問題が起きているのかな、と思ったら。

イスラム教徒を父親にもつ日本で育った男子のツウィッター紹介で、あっけらかんとしている。こういう若者なら、フィンランドに移住してもきっと大丈夫(フィンランドは多分他の北欧諸国ほどリベラルじゃないと思うけど)。

さて、このハラルという言葉、実は私は仕事の関係で70年代から耳にしていて、それが近年話題になり始めたときは時代が変わったことを実感した。

私が社会人としての一歩を踏み出した開発途上国経済協力機関では、アジア、アフリカ、中東の人々と接する機会が多かったが、70年代半ばにはマレーシアやインドネシアはもちろんイラクなどから技術研修で来日する女性たちの誰も、ヒジャブやニカブなど被っておらず服装も欧米式であった。

それが急にイスラムの戒律を喧しく言うようになったのは、私の記憶では79年のイラン革命が契機だったように思う。

その時には私は上記の機関を辞めていたが、ときどきパートに駆り出されることがあった。それまで、職員と外国人研修生が食事する食堂では、研修生の宗教に鑑み豚肉と牛肉(ヒンドゥ―教徒の禁忌)の入った食品にはそれと分かる印が付けられていたものの、それ以上の配慮はなかった。

それがリビアだのイランだのの研修生が「ハラル・ミート」を要求するようになり、私の元上司は頭を抱えていた。

イスラム教徒の場合は、ただ豚肉でなければいい、というものでなく、しかるべき資格を持つ人間がしかるべき手順・方法で屠った牛・ヒツジ・鶏肉でないと食べてはいけない、というのである。

そんなの無理!と職員は最初叫んでいたが、通産省関係の団体とあって顔もきき、大使館に問い合わせるなどして、ハラルの入手源を確保できたらしい。それが80年代から90年代のことだ。

日本で一般に販売されている肉類はさほどバラエティがないので、ウサギはいいでしょうか、とかシカ肉はどうでしょう、などと検討する必要がほとんどないのはあり難い。

その後私は上記機関での仕事を通じて知り合ったイラン人の金持ちボンボンの手伝いをする羽目になり、革命後の窮屈極まりないイランに何度かでかけた。

そこでキャビアをご馳走になって、これは石油を輸出できなくなったイランにとって重要な外貨源だと聞かされたが、問題はそのキャビアを取り出したあとのチョウザメを捨てなければならないことだという。

パーレビ朝シャーの時代には食べることが許されていたそうで、しかもなかなか美味なのに、とみんなこぼしていた。

なぜ食べてはいけないか。それはイスラムの戒律で「鱗のない魚」が禁じられているためなのだ。だからウナギもNGである。しかしウナギはそんなに多くは採れないし、国民も特に好むわけではないので食べられなくても痛痒は感じない。

チョウザメはかなり大きな魚でカスピ海で豊富に採れる。しかも革命後の物資不足で食料供給もままならないので、このチョウザメ禁止は痛手だというのである。

ところがそのあとイランに行ったら、魚市場にチョウザメがあるではないか。

「どういうこと?」と友人に訊くと、誰か偉いムッラ(イスラム僧侶)が生物学者に命じて調べさせたところ、チョウザメにも鱗らしきものがあることが分かったのだそうだ。

んまあ、背に腹は変えられないとはいえ、よくもそんなでっち上げを、と呆れたが、実際にはこれは嘘でなく、ウナギにもチョウザメにも目立たない形で鱗があるということは、日本の生物の授業でも教えているはずだ。

この一件で思い出した、というより、改めて確認したのは、イスラム教とユダヤ教との類似である。

私はコーランにはきちんと目を通したことはないのだが、旧約聖書の方は読んでいて、その中の申命記に記されている日常生活に関しての戒律は「あら、面白い」と思ったので今でも記憶に残っている。

紀元7世紀に勃興したイスラム教が、それよりも1千年以上古いユダヤ教やそれに続くキリスト教から大きな影響を受けたことはよく知られている。

それでユダヤ教の経典でもある旧約聖書の中の掟と、コーラン中のそれとは重なるところが多い。

イスラム教徒を自宅に招いてご馳走する場合に、コーランを参考にするのが面倒であれば(実際面倒なのだが)、この申命記の14章を読むとかなり参考になる。

これを最初に読んだとき強く印象に残ったのは、「子やぎをその母の乳で煮てはならない」という一節で、これには情感として納得できるものがあり、それとの関連で私は今でも親子丼は避けたい。

子やぎの件がコーランにあるかどうかは知らないが、「すべて水の中にいるもののうち・・・ひれと鱗のないものは食べてはならない」というのは同じはずである。だからタコ・イカも貝類もだめ。ナマコやホヤなど悪魔の食べ物だ。

四足動物に関しては「ひずめが完全に分かれ[偶蹄]、反芻するものはすべて食べてよい。」豚が禁止されている理由は、反芻しないから。同じ理由で馬もダメ。あ、奇蹄目の馬はひずめが分かれていないからもっとダメだろう。イスラム教徒に馬刺しを出してはいけません。(もちろんユダヤ教徒にも。)

鹿、羚羊などはいいが、岩だぬきは食べてはならない、ったって、岩だぬきなんか大抵の日本人は聞いたこともないから、この辺りは心配しなくていい。

鳥に関する叙述では、ユダヤ教徒の「ハラル(食べてよい)」の方はひどく大まかで「すべて清い鳥は食べることができる」とあり、では清くない鳥はというと、ハゲワシ、ハゲタカ、とんび、からす、カモメ、ペリカン、ふくろう、ダチョウなど。

それと、コウモリも食べてはいけない鳥の中に入っています。どうです、面白いでしょう、食べてはいけないもの。

閲覧数123 カテゴリ日記 コメント18 投稿日時2017/02/17 01:17
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コメント(18)
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  • 2017/02/17 16:35
    鉛筆ベッガさん
    > ヘイクロウさん
    あら、お久しぶり、ヘイクロウさん。お元気でしたか。

    そうか、宮中晩さん会でみんなにOKなのはラムかチキンですものね。チキンは安くて庶民的過ぎるのでラムになるんですね。ラムは特に英国では牛肉などよりよほど高級とされていますから。

    堕胎の問題は欧米でも議論されますが、カトリックでは厳禁、プロテスタントも許可しない派が大半だと思います。女性の自由ということで、解放運動をしているグループなどは認めるべきといいますが。

    伝統・慣習の復古を説くフランスの国民戦線も堕胎反対で、この点は国民の多くから支持されているようです。
    次項有
  • 2017/02/17 14:50
    zosanさん
    宗教と言う物(物ではないか・・・)人を幸せにするものかと思っていたのですが、何かと言うと争いになるし、そこまで行かなくても食べ物の禁止例など、人を不幸せにすることが目立ちます。
    宗教を作ったのは人間だから仕方ないか。。。
    次項有
  • 2017/02/17 16:49
    鉛筆ベッガさん
    > zosanさん
    ヨーロッパや中東の場合、幸せにする、というより、本来は「神の掟によって秩序を確立する」ためだったのではないでしょうか。ムハンマドが登場する前のアラビアは、全てが暴力・流血沙汰で解決される争いとカオスの地だったといいますから。

    今の状況からも明らかなように、中東で秩序を維持するのは日本人には考えられないくらい困難ですもの。

    ローマ帝国で最終的にキリスト教が公認され国教とされたのも、人心の荒廃を防ぎ社会の規律を守らせるためだったと思います。

    でも最近の宗教をめぐる争い(中東ばかりでなく旧ユーゴのセルビアとクロアチアの対立など)を見ると、「宗教は阿片である」と言ったマルクスの言葉にも一理ある、と思ってしまいます。
    次項有
  • 2017/02/17 23:03
     日本では、古代国家の最盛期の天武天皇4(675)年に、いわゆる肉食禁止令が出されています。これは単なる仏教による禁令ではなく、動物の肉を食べると稲作が失敗するという観念に基づくものであった、ということです。
     その後、肉は穢れと見なされるようになり、文明開化を国是とした明治を迎えるまで、「四つ足」は食の対象ではありませんでした。
     西欧に倣い、肉食に対する忌避の文化が改まってから、まだ、たった150年しかたっていません。
    次項有
  • 2017/02/18 01:43
    鉛筆ベッガさん
    > 南総の寅次郎さん
    よく思うのは、肉を全く食べなかった明治より前の時代はどうやってたんぱく質を摂取していたのかということですが、魚類と植物性たんぱくで何とか栄養を保持できたのでしょうね。

    日本では肉食への嫌悪・侮蔑から後に肉屋が卑しい職業とされ、動物を忌み嫌うため皮なめし職なども同じ扱いだったわけですが、これらの職種は欧州ではむしろ評価されています。メツガー(肉屋)というのはドイツで最も多い苗字の一つです。

    イスラムもユダヤ教も砂漠の不毛に近い地で生まれ、そこでは農業よりも牧畜が尊ばれたことを示すのが、土地を耕すカインより羊を飼うアベルを主が重んじたという創世記の話でしょう。
    次項有
  • 2017/02/18 09:34
    > ベッガさん
    > 肉を全く食べなかった明治より前の時代はどうやってたんぱく質を摂取していたのか

     「チャイナ・スタディー 葬られた『第二のマクガバン報告』」(T・コリン・キャンベル)。中国の農村部では癌の発生率が少ないことに着目して、アメリカと比較した疫学調査の結果をまとめたものです。
     それによると、動物性食品はガンの最大の要因であり、この食習慣をやめれば、ガンばかりか、心臓病、脳梗塞、糖尿病、…を予防し、回復させることができる、というものです。
     日本で、ガンが脳卒中を抜き死因の1位になったのは1981年。食生活の欧米化が進み、肉の摂取量は50年間で約10倍、脂肪分は約3倍にも増えた。逆に野菜や果物の消費量は減り、いまや、米国を下回っているそうです。
    次項有
  • 2017/02/18 17:43
    鉛筆ベッガさん
    > 南総の寅次郎さん
    癌との関係では私は乳がんと乳製品の関連性についてよく考えます。

    東南アジアで少なくとも最近までは乳がん患者がほとんでいなかった、ということもチーズやバターを全くとらなかった食習慣に因るのではないか、とか。

    しかし、乳製品の産出国であり毎日相当量のチーズなどを食べているスイスで乳がん発生率が多いかというと、そうでもない。(ちなみに世界で一番乳がんの多い民族はユダヤ人なんですが。)

    欧米の乳癌は一つには避妊薬を飲んでいるからという説もあります。

    しかし乳製品との関連は否定できないので、私は栄養学的に適切で問題ないと思われる以上の量は食べません。

    私が乳製品に慎重なことに関して、生物学者の義兄や薬剤師の兄嫁や医師の義姉から、迷信的とか根拠がないなどと馬鹿にされますが、彼らに欠如しているのは遺伝的な要素の考察です。(しかし私が何か言っても、ド素人に何が分かる、という態度で、学歴・肩書を拠り所とするプライド先行のドイツ人の典型。)

    欧州人や中東人はもう数千年間ヒツジやヤギや牛を飼っていて、乳製品の悪影響に対して耐性のある(つまり乳がんや、男性ならば前立腺ガンにかかりにくい)体質の人達が生き残ってきたともいえます。

    そういう意味では、食品・医薬品等の許認可に関し、黒人・黄色人種・褐色のアラブ系、ユダヤ人、ヒスパニック系、いわゆる白人と様々な民族・人種を対象にした調査と臨床実験を行うことを義務付けた米国のFDAには敬意を表します。多民族国家とは、抽象的なイデオロギーの前にそのような具体的制度を確立することでもあります。(理屈ばかりこねるドイツ人よ、分かったか!)
    次項有
  • 2017/02/18 09:54
    > ベッガさん
    ももんじ屋というのがありました。
    猪肉は山鯨でだから獣じゃないデス!
    鹿肉は紅葉なんで肉じゃないデス! みたいなw

    わたしインターナショナルムスリムなので平気デス!
    とか言って、わたしの知り合いは毎日晩酌してます。
    「おい、そこの中東野郎! アラーにチクるぞ!」って説教してますww

    以下、wikipediaより引用。
    ===
    儒者熊沢蕃山は没後の1709年(宝永6年)に刊行された著書『集義外書』の中で、牛肉を食べてはいけないのは神を穢すからではなく、農耕に支障が出るから、鹿が駄目なのはこれを許せば牛に及ぶからなのだ、との見解を示している。藤井懶斎は儒者の立場から、没後の1715年(正徳5年)に刊行された『和漢太平広記』の中で、孔子に食肉を供えるはずの行事釈奠で肉を供えないのでは儒礼とは言えないとの見解を示している。香川修庵は1731年(享保16年)、著書『一本堂薬選』の中で、日本書紀や続日本紀の中に肉食が行われていた記録があることに言及した。本居宣長も1798年(寛政10年)に完成した『古事記伝』の中で、古代の日本人が肉食をしていたことに言及している。江戸中期になると蘭方医学も獣肉食に影響した。
    ===
    もうね、寄ってたかって、食いものだけは命がけwww
    次項有
  • 2017/02/18 17:21
    鉛筆ベッガさん
    > かーりーさん
    食べ物は嗜好の問題で済むときはいいけど、健康・生命に絡むことも往々にしてあるので、昔は複雑だったでしょうね。ももんじ屋風のジョークはドイツにもありますよ。ユダヤ人が肉屋に入って「そこに下がっている干魚をくれ」と言い、店主が「え?これソ―セージですよ」と答えて・・・みたいな。

    食べ物に関していろんな心理的規制があった時代でも、人々は直感と経験から自分たちに足りないものは何か、ということを知っていたのでしょう。だから地域によってはカルシウムの多いイナゴや蜂の子を食したり。魚が限られる長野の人は、最近まで蚕やざざむし(川にいる虫)を貴重な蛋白源としていた、という話を読んだばかりです。
    次項有
  • 2017/02/19 16:42
    鉛筆ベッガさん
    > 南総の寅次郎さん
    ある医師が「牛乳がよくないことはわかっているが、今の世の中乳製品抜きの食生活はむずかしいから普通にして、その代わりがん検診を定期的に受けて早期発見を心がけるべき」と言っていましたが・・・ちょっと首をかしげるコメントですね。

    食べ物にうるさい健康オタクの友人は「戦後日本人が積極的にミルクを飲むようになったのはアメリカの陰謀」なんて言っています。これもいささか極端。

    そういえば子供のころ、戦後の物資不足の中で子供に何とか栄養を、というので、進駐軍の配慮とかにより大きなブリキの缶入りの脱脂粉乳が配られてきました。粉というより塊になっていたので、ときどき齧った記憶があります。

    ただ、良くないのは乳脂肪なので、脱脂粉乳(スキムミルク)は問題ない、という説もありますが、どうなんでしょう。
    次項有
  • 2017/02/19 20:26
    > ベッガさん

     私は大いに脱脂粉乳(スキムミルク)と鯨肉のお世話になった世代です。口に入るものなら何でも。選り好みなど許されない時代でしたから。;^^
     そうそう。N.Y.Timesにこんな引用が。

     Dr. Frank Oski, director of the department of pediatrics at the Johns Hopkins University School of Medicine said, "There is no redeeming feature to cow's milk that should make people drink it." But he added: "It is relatively safe to drink milk after about a year or a year and a half. It's not going to kill you."

    ・EATING WELL; Cow's Milk And Children: A New No-No? By MARIAN BURROS Published: September 30, 1992
    http://www.nytimes.com/1992/09/30/garden/eating-wel…no-no.html
    次項有
  • 2017/02/19 21:44
    鉛筆ベッガさん
    いろんな方向からずいぶんと極端な見解が聞かれますが、こういうケンケンガクガクを重ねて弁証法的にできるだけ正しくかつ現実的な解が見つかればいいけど。スポック博士というのはあの育児法専門家の?この人の育児法にも賛否両論がありますね。

    ところでスキムミルクと並んで、病弱かつ好き嫌いの多かった私の健康がなんとか維持されたのは、ひょっとして山羊乳のおかげもあるかもしれません。牛乳が結構高価だったころ、近くに山羊を飼っている農家があり、そこから毎日2合ほど買っていました。妙なことにほとんど私が飲んで、父母も弟妹もあまり好きではなかったみたい。

    でもわが家は誰もアレルギーがないので、牛乳も山羊乳も関係ないように思えます。

    アメリカ人は、牛乳がどうこう言う前にクリームたっぷりのお菓子とアイスクリームを止めないと、肥満率世界一はこれからもずっと続きますよ。
    次項有
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