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2017年03月26日(日) 

昨日は穏やかな日和だったので、わが家から程近い鳥羽・伏見の辺りを歩いてきました。

鳥羽・伏見と言えば戊辰戦争の舞台になったところですが、それより遥か昔の歴史に登場する地域で、鳥羽には平安後期からの史跡が集中しているし、伏見には豊臣秀吉が伏見城を築いて以降の史跡が数多くあります。

 

スタートは近鉄京都線の竹田駅で、ここから南西方向へ歩きました。

 

歩きだしてほどなく、市街地の中に突然広い畑が現れました。この辺りは、昔は京野菜の供給地だったところで、僕が子供のころには一面畑が広がっていたのを覚えています。それが1960年代から急速に市街地化したのですが、一部にまだ農地が残っていたんですね。

 

この道路を左に折れると、前方に森が見えてきました。鳥羽天皇陵です。前まで行ってみて驚きました。僕が見慣れている天皇陵(右の写真)は鳥居があって、その奥に墳丘があるのですが、ここには鳥居もなければ墳丘もなくて、築地塀に囲まれたお堂のような建物があるのです。

前に立っている札には「鳥羽天皇安樂壽院陵」と書かれています。この安樂壽院というのは、隣接する真言宗智山派のお寺です。

 

 

隣接する近衛天皇陵(安樂壽院南陵)へ行ってみると、ここも建物があります。しかも大きな多宝塔です。

近衛天皇は鳥羽天皇の子で、この親子は仏教に帰依していたものと思われます。

 

少し離れたところに鳥羽天皇の祖父である白河天皇の陵がありますが、こちらは墳丘を持った一般的な形です。

 

珍しい形式の天皇陵を見たあと、城南宮へ向かいました。

境内に入ると、本殿と拝殿が改修工事中で、ご神体は仮本殿に遷されていました。

  

 

城南宮は神苑の枝垂れ梅で有名ですが、花の時期が過ぎていたので中へは入らず、外から写真を撮りました。なお、右の写真は一昨年の3月13日に撮った盛りのころのものです。

 

 

ここから鳥羽離宮へ行きましたが、それは次回に掲載します。


閲覧数122 カテゴリ日記 コメント4 投稿日時2017/03/26 10:48
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