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2017年08月13日(日) 
  さよならは別れの言葉じゃなくて、再び逢うまでの遠い約束♫

 1980年代前半、薬師丸ひろ子が歌って大ヒットした「セーラー服と機関銃」の歌じゃないが、「さよなら」に永遠の別れを感じる人は少ないだろう。しかし、中国、台湾からの学生で、「さよなら」は、もう二度と会えない時に使う別れの言葉だと習ってきた、という学生がよくいる。

 最近は、国で日本語を学習して来る留学生も多いので、中国人、台湾人の日本語教師が間違ってそんなことを教えているのかと思っていた。ところが、実態はそうではなかった。今年、こんなことをある学生に教えられた。

 中国で「国語」に当たる科目「語文」の教科書に、「沙揚娜拉」という詩が掲載されているらしい。これは中国の詩の近代化に尽くした有名な詩人、徐志摩(1897~1931)の作品で、「沙揚娜拉」は、日本語の「さよなら」の当て字だそうだ。

 徐志摩は大正13年(1924)に、インドの詩人・哲学者タゴールに帯同して日本に来ている。タゴールは、1913年にアジア人として初のノーベル賞となるノーベル文学賞を受賞したことで有名だ。ネットで調べると、大正13年6月12日に渋沢栄一の邸宅、飛鳥山邸で午後に行なわれた茶話会参加者の中に徐志摩の名前が挙がっている。                    

◆第38巻(DK380070k)本文|デジタル版『渋沢栄一伝記資料』     
https://eiichi.shibusawa.or.jp/denkishiryo/digital/…0070k_text

 この徐志摩が日本滞在中に知り合った女性への思いを詩にしたのが「沙揚娜拉」だそうだ。これには副題が付いていて、「贈日本女郎(日本の女性へ贈る)」とあるらしい。もっとも、「女郎」とは、ここでは知的な女性というニュアンスらしいが。                        
◆(参考)SUKA!アジア「エイジアンナビゲーター詩人になるの巻」(2007年4月24日)     http://suka-ajia.at.webry.info/200704/article_10.html

 この詩を教える中国の「国語の先生」が、日本語の「さよなら」は、恋人が別れる時、友人同士が長の別れを言う時に使う言葉で、中国語の「再見」ではなく、「再也不見(もう一度会うことがない)」という意味だと教えているのだそうだ。そんな彼らが日本に来て、教室で先生に笑顔で、「皆さん、 さようなら。また明日~。」と言われて、ビックリたまげるのだという(笑)。

 でも、この詩のおかげで、「さよなら」は中国人の知っている日本語で代表的なものになっているようだ。

  沙揚娜拉(さようなら)                      
最是那一低頭的温柔,
像一朶水蓮花不勝凉風的嬌羞,
道一声珍重,道一声珍重,
那一声珍重里有蜜甜的憂愁
―沙揚娜拉!

あの低く頭を下げたしとやかさといったら、
スイレンの花が涼風に持ちこたえられないようにはにかんでいる。
一声、「お大事に」と言う。一声、「お大事に」と言う。
あの「お大事に」ということばの中に甘い憂いがある。
-さよなら!

◆(参照、日本語訳)中国語気になる表現(2010年4月22日)
「中国の著名人はなぜ日本人女性を妻にしたがるのか」
http://blog.goo.ne.jp/inghosono/e/22f3cd4f541feb23b…440be6b494

閲覧数36 カテゴリ日記 投稿日時2017/08/13 11:27
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