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2018年05月16日(水) 
特に旅が好きというわけでもなく、まして冒険心などというものはかけらもない私が、30歳まであと半年というときに思いたって中東に行くことにした。

思いたって、と言っても、当時の社会や自身の経済状況からして今日思いつき明日実行というわけにはいかなかったから(何しろ成田空港もなかった時代だし)、その1年ほど前から私にしては真面目に少し貯金し、受け入れてくれる先を確保した上での出立である。

当時はまだ勤め人だったので3カ月の休職を申請すると、民間の私企業ではないため、また行き先からして仕事とまったく無関係ではないということで、比較的簡単に休みをもらえた。(もちろん無給。)

その旅の1年半ほど前に日本で知り合ったA氏を頼っての旅で、世話になったのは彼のほかレバノン/シリアにいるその家族と親戚だった。

A氏はレバノン人だが、当時は1975年に始まった内戦が一向に収まる気配がなく、自国では仕事ができないため母親の国であるシリアを業務の拠点にしていた。

彼の仕事はそのほとんどが日本製である医療機器の販売とメンテナンスで、そのためシリア中の病院を訪ねてまわる。それに同伴すれば同国内のいろんな町が見られるというわけである。

また両親や弟妹はレバノンに残っていたから、週末にはダマスカス―ベイルート間を往復することもあった。シリアの砂漠、というよりは土漠を西に走り、国連軍が監視しているゴラン高原やブドウ栽培で知られるベカーの谷を越えて地中海沿岸のベイルートへと降りていく。

「内戦の前にはここは中東のパリと言われたものだが」とレバノンの人達が言う通り、爆撃で破壊された建物が並ぶ海岸通りは索漠としてはいても往時の名残がそこここにあり、一部の通りには喫茶店やレストランが軒を連ねていた。

さてここで話はいきなり逸れて、2か月ほど前に私はスキャナーなるものを買った(正確には、買ってもらった)。

特に欲しかったわけではないが、2009年にデジカメを使い始めるまでは全部フィルムで写真を撮っており、それまでの現像写真のアルバムが20冊くらいになっている。

さらに、夫の子供時代の写真や代々の家族のポートレートなどが引き出しにぎっしりである。

自分の写真もだが、これらセピア色の写真をなんとかパソコンに入れ込む方法はないものかと以前から考えていた。

だいぶ前に日本の同級生から近況を示す写真をメールで送れと言われたとき、現像した写真しかなくて困っていたら夫の事務所の人が「スキャナー」なるものでなぞってデジタル化してくれたことがある。

それがいかにも簡単そうだったので、そのうちその器具を買おうと思っていて、今年の3月にパスポート写真を撮ってもらいに町の写真屋にいったときついでに質問すると、すぐ取り寄せられますよ、という。

そのことをこっちはまた忘れていたのに、1週間ほどたって夫を介して「大型と小型とどちらにしますか」との問い合わせがあり、大は小を兼ねると大型を選んだ私が馬鹿だった。

どう馬鹿かはともかく、スキャナーが届けられて店の兄さんがインストールしてくれ、「では試してみましょう、写真はありませんか」というので、自室の本棚の隅にあった古いアルバムを出してそこの写真を4,5枚スキャンしてもらった。

それが41年前の中東旅行のときに撮ったもので、以前に夫が「えらく小さくてよく見えない」とこぼしたことがあるが、それだけでなく現像したのがダマスカスの超低レベル写真屋なので質も恐ろしく悪い。

スキャンした写真を見て呆れた兄さんは、これを断然きれいにするソフトもありますよ、というのだが、スキャナーの扱いだけでも手に負えなさそうなのにそんなソフトなんぞと、「そのうちにね」ということになった。

さてパソコンに取り込んだ写真、質が悪いだけに顔の造作も極めて不明瞭で、これならブログで「公開」しても、昔の私を知っている人でさえすぐに私とは分からないと気づいた。

ならばとブログにシリア/レバノン旅行記を書いてそこに写真を添付することにしたのだが、それだけではつまらないので、当時訪ねた主な場所の景観を示す写真をネットで探した。

最新の写真となるとほぼ全部が戦闘で廃墟と化した所ばかりで見分けがつかず、ネットで拾ったのはおそらく今世紀の最初の10年間に撮ったものと思われる。

それで今回お見せしているはシリア北方の、ダマスカスに次ぐ都市アレッポである。その前に、地理的な関係を示すためにシリアの地図をご覧ください。

ダマスカスから北へ、今回の内紛で真っ先にやられたホムスやハマを通ってトルコの方角に車を走らせる。ハマにはローマ時代からという大きな水車などの遺跡もあり今なら大もての観光スポットだろうに、もう跡形もなくなっているだろう。

アラビア語でハレブと呼ばれるアレッポはヨーロッパでは古くから石鹸で有名で、私もテレビ番組でオリーブなど天然材料を使った石鹸の製造工程を見たことがある。こちらの「オーガニック」製品専門店で結構なお値段で買ったのがわが家にもあるけれど、一般の石鹸とどう違うのかよく分からない。

多分「シリアのアレッポで」という異国情緒が付加価値なんだろう。しかしここ7、8年は住民も消えて石鹸どころでなく、その分稀少価値もあるのかもしれない。

さて私自身の写真だが、立っているのはアレッポの真ん中にある城塞の入口階段である。ネットで探した写真は、それから30年は経っていると思われる。

この城塞、中はイッパシの町になっており、包囲されても数日~数週間は耐えられるようになっていた。といってもスペースが限られるので何もかも一回りから二回り小さく、シリア人も昔は今よりよほど小柄だったとみえる。

写真の顔は実物同様にぼやけているが、一目でブスと分からぬようちょっと工作した。

何たってズボンが変ですよねえ。これ当時はやりのベルボトムとかいうやつです。

閲覧数102 カテゴリ日記 コメント17 投稿日時2018/05/16 22:19
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コメント(17)
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  • 2018/05/17 15:38
    鉛筆ベッガさん
    > zosanさん
    ご明察ですが、JICAは外務省の外郭団体、私のは通産省の管轄下にありました。「海外技術者研修協会(AOTS)」という名称で、一時民主党政権の圧力もあり他の団体と合併して名称が変わりましたが、またもとに戻ったようです。

    JICAが招くのはもっぱらお役人や公職についている人、一方AOTSは日本企業が海外の進出先で雇って日本で研修させたいという人を世話していましたので、お役所的な雰囲気は薄く、名よりも実を重視する組織でした。

    このAOTS、特に60~70年代に働いていた女性群から何人かの有名人を出しています。前駐米大使夫人あり元大学長あり、ハリポタ(私は読んだことなし)の翻訳で知られ今スイス在住のMさんも私の先輩。同時通訳として国際的に活躍している人も。

    そういう中で凡庸な私はいつも劣等感に悩みましたが、周りに多くの優れた人がいたことは今思うと本当に幸運でした。自分の身のほどというか、分際を認識できる一方で、努力する姿勢を学ぶことができましたから。

    そうですね、学生時代から中近東にはずっと関心がありました。ミーハー的ですが、T.E.ローレンス(アラビアのローレンス)の影響もあるかな。

    職場では対象の研修生の母国への興味に関していくつかのグループに分かれ、東南アジアのファン、南アジア(インド・パキスタン)ファン、中南米ファン、中東アラブ地域ファンとあり、私は四番目のグループでした。

    ええ、レバノンではドンパチの音がしょっちゅう聞こえましたね。サイダの海岸の軍隊の近くでうっかり写真を撮って、逮捕されそうになったり。最終的にフィルム没収で済みましたが。
    次項有
  • 2018/05/18 12:17
    zosanさん
    > ベッガさん
    有難うございます。
    私も若い頃海外にすごく興味があったのですが、私たちの時代は外資系の企業も、海外進出している企業も少なく、まして機械科卒ではそういった就職先もなく、せいぜい輸出先関連の人が来日した時に接触があるくらい。部門によっては海外に出ていくことが多い部署が有るには有りましたが、結局仕事関連で海外に行ったのはタイだけと言う寂しさで終わりました。。。。
    次項有
  • 2018/05/18 15:42
    鉛筆ベッガさん
    > zosanさん
    今は10代でも気軽に海外に飛びますよね。私は29歳で初めての海外旅行。周囲にはお嬢さまが多かったし英語や仏語など外国語を専攻した人がほとんどで、旅行もですがアメリカ生活を経験した人が結構いました。帰国子女のハシリも。

    シリアに行くのはちょっと大変だったんですよ。直行便なんてもちろんなし。パキスタン航空PIA(Perhaps I arriveの略なんてジョークがあった)で南回りでマニラに始まってイスラマバードやらアテネやらを経由し30時間以上かけてロンドンへ。そこで二泊してシリアに飛んだのですが、乗客はアラブ系のオッサンばかりでさすがにそのときはちょっと不安でした。

    深田祐介という作家がいて、確かこの人JALでサラリーマンだったのでその経験を生かして「新西洋事情」とか本を出してヒット。それが70年代半ばでした。アフリカの奥地で営業活動する猛烈社員の話もあったような。

    そういう男たちに支えられての日本経済の発展でした。今の若い人達はかつての仕事一筋の社員を馬鹿にしますが、戦後日本を復興に導いた人たちの苦労が分かって言っているのかいな、と腹が立ちます。

    zosanも本格的な海外旅行の経験は比較的遅いようですが、その分今は恐るべき活動ぶり。旅も「歳とってみないと分からない」という部分もありますね。回顧してそう思います。
    次項有
  • 2018/05/20 13:28
    むかし海外ロケをする番組は兼高かおるさん、バラエティーでは「なるほどザワールド」の印象があります。

    海外にずっとあこがれていましたが会社員になると休みも取れず、旦那が海外はいやだというので新婚旅行も沖縄でした。もう億劫です。
    目の前にあるディズニーランドさえ18年も行っていません。(気軽な外国気分になるそうです)

    80近くでグランドキャニオン~カナディアンロッキーのキャンピングツアーに友人と出かけた母ってすごいと思います。
    でも、その記憶も薄れて・・・・もったいないあ。
    次項有
  • 2018/05/21 03:27
    鉛筆ベッガさん
    > くちべにがいさん
    記憶も薄れてもったいない、といえば、私は幼い子ども連れのアジア人の観光客を見ると、3歳や4歳で海外の記憶が残るはずがないのに、わざわざ連れてきてもったいない、と思ってしまいます。

    できれば子供は小学生以上になっからてよその国を見せる方が、思い出に残るのではないでしょうか。

    若いときに変な国を旅してよかったと思うのは、今それらの国に旅することが難しくなっているからです。シリアは当分無理でしょうし、エルサレムも今の状況では「渡航制限」があると思います。イランは革命後に行ったので、78年以前に行ってみておけば比べられたのにと残念です。

    イスラエルに行ったのは、父への喜寿のプレゼントでした。ものすごく元気で、機内でも寝ずに資料を読んでいて、82歳で逝くまでその思い出をよく話しており、連れて行った甲斐があったと思いました。
    次項有
  • 2018/05/21 16:17
    > ベッガさん

    イスラエル旅行のプレゼントなんてすてきですね。
    やはりベッガさん、スケールが違います。

    還暦のお祝いに「フルムーン」のチケットを父にプレゼントしました。雪深い永平寺に感激したそうです。
    それから夫婦で旅行に行きだしました。

    そうなんですよね。
    『世界遺産』になったりするとすっかり観光地として整備されて部tの場所のようになってしまいます。

    中東では遺跡や博物館が破壊されているそうですね。
    どうなってしまうのかしら・・・・。

    国内も空き地はソーラーパネルばかり。



    こども料金は安いから連れて行くのでは?
    学校にあがると行事や習い事で忙しいみたいだし。
    でも、こどもが病気になったり食べ物が合わなかったりと心配しないのかしら。
    仏事で函館に行くときもこどもを置いていきました。

    込み合う連休に海外旅行に行けるだけの財力があるのはうらやましいです。
    次項有
  • 2018/05/21 20:15
    鉛筆ベッガさん
    > くちべにがいさん
    この花、見たことがありますが、名前は知りません。綿飴みたいですね。

    混みあう連休にサラリーマン家族が出かけるのはまだ分かるけど、サンデー毎日の年金生活者がどうしてその時期を選ぶのか。混んでいるのが好きなんででょうか。

    こちらでも土日にジイサンバアサンのグループを見ると、なんで週日に来ないの、と少々腹が立ちます。私もバアサンだけど、亭主はまだ働いているもん。

    遺跡については、今日のブログに書きました。
    次項有
  • 2018/05/21 21:55
    > ベッガさん

    これはスモークツリーです。
    近所の植物園に薔薇を見に行ったら咲いていました。

    2人で成立するツアーならいいのですが、8名以上の団体ツアーとなると人が集まらず、平日はぽしゃってしまうことも多いのです。

    両親は葵祭、祇園祭・・・・京都にはよく行きました。シニア向けのゴージャスな旅でお祭りも指定席で見ました。うらやましい限りです。
    次項有
  • 2018/05/21 22:09
    鉛筆ベッガさん
    そういう事情があるのですか、でも週日の方がホテルも安いでしょうに、お年寄りでも週末って、なぜでしょうね。

    スモークツリー、確かに英語でもそういうんですね。ところがドイツ語では「カツラの木」っていうんです。どうしてこれがカツラ(鬘)なの。

    200~300年くらい前の、バッハとかモーツアルトが被っていたようなのかしら。でもこの植物と写真のカツラと、どこが似ています?
    次項有
  • 2018/05/23 01:00
    > ベッガさん

    はははおもしろいですね。こんど知ったかぶりっこしてみましょう。
    女性のかつらというか日本髪でいう「あんこ」のような感じではないかしら。マリーアントワネットのかつらの中身って?

    イギリスの裁判官はいまでもかつらをかぶっていますね。
    馬の毛でできているそうです。
    バッハのかつらのほうがつやがあるみたいですが、これは何の毛なのかしら?
    音楽室に作曲家の肖像画があるのはドイツもなのかしら?
    曲と作曲家が一致するのは音楽室のおかげです。
    次項有
  • 2018/05/23 01:41
    鉛筆ベッガさん
    > くちべにがいさん
    「あんこ」って初耳でしたので調べて、なるほど、でした。
    マリ―アントワネットのかつら、これもヒントなのでネットの写真をみたら、すごいのがありましたよ。うーん、これだと少し写真の花のイメージかな。
    次項有
  • 2018/05/23 02:51
    > ベッガさん

    すごいですね。下を向けませんね。
    船の模型をのせた髪型をアントワネットの展覧会で見ました。
    寝るときは髪をくずすのかしら?
    お疲れ様です。(笑)
    次項有
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