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2018年07月11日(水) 
ろれちゃんの先日のブログ、『やっと出た、「おかえり~」』へのコメントで、一般に日本の男性がちゃんと挨拶をしないことが指摘された、というよりその点を真っ先に挙げたのは私だったが、zosanもそれに同意して下さっていた。

そこから、悪意はないどころか善良で親切な人でも自分の気持ちを表さないとか、またさらに、言葉に出すことを照れくさがる人が結構いるという意見もあり、どれも当たっている。

とはいえ挨拶をしないのは褒めたことではないので、家庭や学校でもっときちんと教えるべきだろう。周りの人に親切にしましょう、という勧めでも、まず周囲に声をかけることから始まるのだから。

ただ、日本ではこれも一般論ではあるが雄弁だったり表現が上手だったりすると、中身のない人と思われる傾向が今も続いている。見えない「心の中」がきれいであれば、表現なんか二の次、という考え方である。

でも何も口に出さず非社交的だから心はきれい、ということにはならないでしょ。「無骨な」という形容詞は確かにこの国ではどちらかといえば褒め言葉だけど。

そもそも日本の夫婦の場合、夫は「言わなくても分かるだろう」と思い、妻の方は「言ってくれなきゃ分からないわよ」と不満を募らせている。それが積もり積もって「熟年離婚」になってしまうことも。

妻や子に「おはよう」とか「いってらしゃい」とか言うのは照れ臭い、というのも分かるし、私はそういう照れ屋さんは結構好きだ。さる知識人が「恥じらい」や「照れ」は人間としてかなり高尚な感情だと日本男性を擁護していたが、これにも私は同意する。

でもやっぱり挨拶は文明人として心がけるべきです。特に「言わなきゃ分からない」外国人との接触も増えている昨今では、企業研修にその練習も含めた方がよい。

もっともそういうガイジン相手ではなく上司・顧客への礼儀としての挨拶や姿勢ならたいていの大企業では教えているらしく、みな頭を深々と下げてしっかり「ありがとうございます」「お世話になります」などという。

家庭と学校で習わなかったことを企業で教わる。

ただ、これは長幼の序を重んじる風習と利害関係からきているので自然ではなく、快い挨拶とは言えない。

自然で和やかな挨拶を普段の生活にも普及させるべきで、そのためにはまず家庭で妻に「ただいま」と言い、食事の後は「ごちそうさま」、寝るときは「お休みなさい」という習慣をつけないと。

会社での挨拶は自分より目上の人を対象としており、一方家庭での妻は多くの男性にとって目下だから、さらにサラリーマンたちは会社での気づかいで疲れているから、「女子供」は無視することになるのかもしれない。

でもそれではおじさんたちの老後は暗いですぞ。

私の知っているある大企業ではその点を危惧して、社員が50代になると「退職後の妻との付きあい方」を指導するセミナーに出席させるそうだ。何を習うのですか、と訊いたら、まずコミュニケーションのしかたで、たとえば美容院から帰宅した妻に「その髪型に合うね」と言い、感謝の言葉がうまく言えなければ薔薇の一輪でもプレゼントするとか。

(うちは私が美容院、というより散髪屋から帰ると「また切ったのか、ひどいもんだ」と言う。無視ではないからありがたく思うべきなのだろうか。)

伝統的に日本の、それもある世代以上の男性は、愛想よく振る舞うことを馬鹿にする傾向があり、ほんの最近までそういうのは身分の低い商人や町人風情のすることと思われていた。

確かに商人の現代版である商社マンなどは、社交的で口も上手で、何よりマメですよね。

では不愛想が自慢の「士族」はといえば、現代ではそれは公務員で、特に国家公務員ともなれば何万石かのお侍さんのようにふるまっている。

その往時のサムライたち、一生に三度、それも片方の頬の筋肉をちょっと緩める程度に笑えばいい、と言われていたそうだ。つまり感情の吐露は卑しいこととされていた。

少し前に森鴎外の「百物語」という短編を読んでいたら(これ、青空文庫ですぐ読めます)、「名君は一顰一笑を惜しむ」という表現に出くわした。

意味はすぐ分かるが念のために辞書で確認したら、そこでは「明主は一顰一笑を愛しむ」となっていて(この「愛しむ」は「惜しむ」と同義)、「賢明な君主は臣下に心情を悟られないように軽々しくは表情を表さないものだ」ということとありました。

これは「韓非子・内儲説・上」にある語句だそうで、起原は中国だったのですね。

しかし挨拶くらいしたってバチはあたらないだろうに、それさえも出し惜しみ。

この傾向が今も続いているのは、70代以上となると明治・大正生まれの親に育てられたせいか。

今は団塊世代を親とする40代が社会の中枢になりつつあるが、ベビーブーマーも学生運動などで暴れた割には結構古い人が多く、そういう親の影響で今の働き盛りもやはり祖父母の代からの因習を完全に脱することはむずかしいのか。

いや、親より企業・役所の旧弊に影響されるところが大きいのかもしれない。

で、さらに彼らの子供の世代は?

『小学生も中学生も挨拶すると、戸惑っているほうが少し多いですね。
逆に生徒さんの方から先に「おはようございます!」と挨拶を頂いたらびっくりすることがありますね。』

これはえーさんさんのコメント。

私も日独で似たような経験をしています。今住んでいるところはあまり土地柄が良くないのか、子供の躾けもイマイチ、いやイマ二くらいだけど、わりと豊かそうなきれいな村に行くと人間にもゆとりがあって、子供に話しかけられたりする。

日本の家は通学路にあるのでゴミを出しに行くとき子供に会うが、最初、どうせ知らん顔だろう、と思って黙っていたら、ランドセルを揺すって駆け足でいく子に「おはようございます!」と挨拶されて猛反省。不出来なババアと言われても仕方がない。

私の(中身の悪い)母は年とっても(見かけは)上品とよく言われたが、あるときやはりゴミを捨てに行く彼女に小学生の女の子が「おはようございます」と挨拶してから、「今日もキレイですね」と言ったとびっくりしていた。誰のことかと思って周囲を見渡して、「え?私?」と訊くと、はい、と笑顔でうなずいたそうです。

いいぞ、将来の商社ウーマン(いや外交官?)、世界で頑張れ!


写真は全然関係ないですけど、ルーマニアで見た屋台。働いている兄さんは日本語が読めないだけでなく、てんぷらが日本のものということも知らなかった。

閲覧数77 カテゴリ日記 コメント6 投稿日時2018/07/11 21:23
公開範囲外部公開
コメント(6)
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  • 2018/07/11 23:42
    二十歳の時に九州を一人旅したとき、集団下校した小学生たちにこんにちはと言われて感動したことがあります。
    次項有
  • 2018/07/12 02:53
    鉛筆ベッガさん
    > フロッピーさん
    挨拶されて腹を立てる人は誰もいませんし、こんにちは、にしても、おはよう、にしてもホントに簡単な言葉なんですから、挨拶運動を日本中、そして世界中に広げていきたいですね。
    次項有
  • 2018/07/12 01:56
    歩いて5分ですから、畑仕事も楽しく、朝晩行ける気晴らしの場所です。
    後から入植!?したものですから、畑に入ったら『こんにちわ!』、帰りには『お先です!』と挨拶をするのですがほとんどの方がなんとも言わずスーと畑に入り、スーと居なくなります。
    それって何なのでしょうね。
    次項有
  • 2018/07/12 02:57
    鉛筆ベッガさん
    > えーさんさん

    困りますね。いくら心は優しいといっても、ぶすっとしていれば感じが悪いですよね。声を出すのがそんなに面倒?

    そういう人は子や孫にどんな躾けをするのでしょう。

    その人たちの親の顔が見たい、と言っても、もうかなりのお年なのでしょう。
    次項有
  • 2018/07/12 10:35
    zosanさん
    近所を歩いていると、時々幼稚園(か、保育園)の子供たちが先生に連れられて歩いているのと出会うことが有ります。
    園によるのか先生によるのか分かりませんが「お早うございます」とか「こんにちわ」とか声を掛けられる時と、知らん顔ですれ違って行ってしまう時が有ります。

    何が違うのだろうかと考えてみたらこんなことが考えられるのかな・・・と思ったことが有ります。
    小さな子供たちを誘拐したり連れて行って悪さをしたり殺してしまうなどという事件が相当多いです。それで、小さな子供たちは「知らない人について行ってはいけない」「話をしてはいけない」などと指導されます。あいさつする子供たち、しない子供たちの違いはこの辺の違いで園によって指導の方針が違うせいかもしれないなと・・・。


    逆に、小さな子供たちにこちらから声をかけることがしにくくなっています。うっかりすると防犯カメラに記録され、<不審な老人>にされかねないからです。

    こんな事も有って、子供たちが大きくなってからも挨拶をしない。声をかけられても知らん顔などと言う習慣が身についてしまう事も有るだろうと心配する事も有ります。
    次項有
  • 2018/07/12 14:58
    鉛筆ベッガさん
    > zosanさん

    それは確かにありますね、こちらでも、私が声をかけるのは問題ないのですが、夫が話しかけて手をつなごうとしたりすると、母親が怖い顔をして子供を引っ張っていくことがあります。独・仏・英、それから多分北欧も、危ない人(小児愛者や性倒錯者)が日本とは比較にならないほど多いのです。

    日本の場合でも、あいさつはちゃんとしなさい、でも付いて行ってはいけないよ、なんて、幼い子どもには複雑で分からないので、一律「知らない人には知らん顔」という指導になってしまうのでしょう。

    こちらはレストランの前庭で子供を遊ばせるときも親がついていなくてはいけない。知り合いの日本人夫婦が知らん顔で食事しているので、うちの亭主が外に出て子守をしていたこともあります。

    先日Youtubeで見た番組で、日本の田舎で暮らす外国人妻が、日本社会は本当に安全でみんな常識があって、誰かが目を配ってくれていて、安心して公園で遊ばせられる、これはアメリカの公園では考えられない、と言っていました。

    ただ、やっぱり日本の都会はグローバル化のせいか、安全もグローバルなレベルに下がりつつある。残念です。

    写真は昨年宮城県塩釜の公園で撮った写真。幼稚園の遠足で来ていた子どもたち、うちの亭主はでっかいので遠巻きに見ていたのですが、その一人に夫が手を差し出すと、女の子が喜んでその指を握って、一緒に散歩していました。先生もびっくりして、でも大笑いしていました。
    次項有
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