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2014年12月19日(金) 

*「自由民権と五日市憲法草案」(あきるの市アーカイブ)

 

「五日市憲法草案」とその評価

 

明治13年11月10日の第2回国会期成同盟大会で憲法の起草が議され、翌年の第3回大会に各自草案を持ち寄ることが決議されました。このため、全国各地の自由民権グループが私擬憲法(民間有志による私案の憲法)を作成しました。

明治14年10月に国会開設の詔勅が出され第3回国会期成同盟大会が自由党結党大会に変わってしまったため、各地の民権家が持ち寄った憲法草案は審議されませんでした。

その後伊藤博文らがフランス法律学者ボアソナードらの指導により、明治23年に「大日本帝国憲法」が成立したため、千葉卓三郎が起草した草案は、昭和43年に東京経済大学色川ゼミの文書調査によって発見されるまで深沢家の土蔵に眠っていました。

千葉卓三郎の起草した草案の標題は「日本帝国憲法」ですが、発見者は、千葉の知識や個人的な資質が、五日市を中心とする地域の人々との交流 や協力により磨かれ、地域の自由民権運動につながっていること、さらに五日市学芸講談会や学術討論会では、様々なテーマの討論、検討がなされており、五日 市の地域社会と切り離して考えられないことから、この草案を『五日市憲法草案』と名付けました。5篇204条に及ぶ大作で、和紙24枚に細かな文字で清書 されています。

現在発見されている明治自由民権運動期の私擬憲法の中でも、国民の権利の項目に多くの条文が割かれており、現在の「日本国憲法」と比較しても引けを取らない民主的な内容を含んだ憲法草案であること、五日市地域の有力者や若者たちを中心に学習結社「学芸講談会」を組織し、憲法に関する討論会や学習 会を実施しており、自由民権運動から憲法草案起草に至る経過がわかることが高く評価され、東京都の有形文化財にも指定されています。

マップは 五日市(現あきる野市)


閲覧数98 カテゴリ時事、社会、政治、経済、教育 コメント0 投稿日時2014/12/19 12:31
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