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2011年12月29日(木) 

The Wall Street Journal.

 

スティーブ・ジョブズ名言集

 

 

2011年 10月 7日  17:34 JST
 
 米アップルの創業者で前最高経営責任者(CEO)のスティーブ・ジョブズ氏の死去の報を受けて、同氏が今年8月24日にアップルのCEOを退いた際に掲載した同氏名言集を更新した。

 ジョブズ氏は5日、56歳で死去。同氏はパソコンの生みの親の一人として、その数々の技術革新で後世まで名を残すことは間違いないが、実にうまい表現で、複雑なアイデアを理解しやすいように言い換える才覚でも知られていた。以下、同氏の数々の名言のなかから、一部を挙げる。

 


米アップルのスティーブ・ジョブズ前CEO(1997年)



技術について

 「技術によって世界はずっと近づいたし、今後も近づき続けると考えている。物事には全て負の側面が存在し、意図しなかった結果が存在する。私が見る限り技術の最も腐食した産物はテレビと呼ばれるものだ。--しかしそれでも、テレビでさえ最高の状態では素晴らしい」(ローリングストーン誌、2003年12月3日)

 

デザインについて

 「マックは膨大な数が売れると思うが、われわれはマックを誰かのために製造したのではない。自分たち自身のために作った。われわれ自身で、素晴らしいかどうか評価することになる。出かけて行って市場調査をしたわけではなく、作れる最善のものを作りたかった」

 「もしあなたが大工で美しいチェストを作っているとしたら、壁に面して誰も見ることがないからといって背面にベニヤ板を使ったりしないはずだ。自分には分かるんで、背面にも美しい板を使用するだろう。自分が安心して眠れるように、最後まで美学や質を追求する必要がある」(プレイボーイ誌、1985年2月1日)

***

 「デザインというのは奇妙な言葉で、どう見えるかということだと考える人がいる。しかし、もっと深く考えると、実際にはどう機能するかだ。マックのデザインはどう見えるかではなかった。それも一部ではあったが、そもそも、どう動くかだった。何かを本当にうまくデザインするには、理解する必要がある。すべてに共感する必要がある。何かを徹底的に理解し、素早く飲み込むのではなく噛み砕く情熱に満ちた取り組みが必要だ。ほとんどの人はそれほどの時間をかけない」

 「想像力というのは物事をつなぐだけにすぎない。想像力に富む人々に何かに関して、どうやってやったのかと聞くと、こうした人々はちょっと罪悪感を覚えるものだ。というのも実際にはやったというよりも、何かが見えただけだ。しばらくすると、彼らには物事が明白に見えてくる。それは彼らが経験をつなぎ合わせ、新しいことを作り出すことができたからだ。そして、彼らにできた理由は、彼らが他の人々よりも、それについて多くの経験があったか、経験についてもっと考えたからだ」

 「残念ながら、これは極めてまれな利点だ。われわれの業界の多くの人々はそれほど多様な経験をしていない。したがって、結びつける十分な点を持っていないために、ある問題について広範な視点ではなく非常に線的な解決策を採用することになる。人間としての経験の理解が広ければ広いほど、良いデザインができる」(Wired誌、1996年2月)

***

 「顧客はこれ――全ての詳細に注意を払う――のためにわれわれにお金を払う。そうすれば、彼らが当社のコンピューターを使用するのが簡単で楽しくなるからだ。われわれはこの点で非常に優れていることを期待されている。顧客に耳を傾けないという意味ではないが、彼らには少しでも近いようなものさえ見たことがないうちに何が欲しいというのは非常に難しいからだ。たとえばデスクトップでのビデオ編集を例にとると、自分のコンピューターで映画を編集したいというリクエストを誰からも1つも聞いたことがなかった。しかし、今は人々はそれを見て、「これはすごい!」と言っている」(フォーチュン誌、2000年1月24日)

***

 「消費財の多くのデザインを見てみると、見た目、非常に複雑だ。われわれはもっと全体的かつ単純なものを作ろうとしているのだ。何か問題を解こうとやり始めると、最初の解決策は非常に複雑で、ほとんどの人々はそこでやめてしまう。しかし、あきらめずに続けて、問題について考えながら、玉ねぎの皮をもっと剥いでいくと、多くの場合、非常に明確で単純な解決策が思い浮かぶ。ほとんどの人はそこまで時間とエネルギーをかけないだけだ。ユーザーは賢く、考え抜かれたものを望んでいると確信している」(MSNBCとニューズウィークでのインタビュー、2006年10月14日)

 

自身の製品について

 「これほど何かに懸命に打ち込んだことはなかったと思うが、マッキントッシュの開発は人生で最も素晴らしい経験だった。開発にかかわったほぼ全員がそう言えるだろう。最終的にはわれわれは誰も公表したくなかった。いったんわれわれの手を離れてしまうと、もはや我々のものでなくなることが分かっていたかのようだった。ついに、株主総会で発表した時には、参加者全員から5分間、喝采がやまなかった。私にとって信じられなかったのは、前の数列にマック(の開発)チームがいたことが見えたことだ。成し遂げられるとは誰も信じられなかったかのようだった。皆が泣き始めた」(プレイボーイ誌、1985年2月1日)

***

 「スクリーン上であまりにも素晴らしく見えるボタンを作ったので、クリックしたくなるだろう」(マックOS Xについてフォーチュン誌、2000年1月24日)

***

 「歴史のなかで、音楽業界の転換点とみなされるだろう。画期的なものだ。どんなに評価してもしきれないほどだ」(iTunes<アイチューンズ>ミュージック・ストアについて、フォーチュン誌、2003年5月12日)

***

 

ビジネスについて

 「お金についての私の主な反応はというと、これに全ての注目が集まっているのは滑稽だ。というのも私が経験した最も洞察力があるとか、貴重なこととはまったくかけ離れているからだ」(プレイボーイ誌、1985年2月1日)

***

 「墓場で最も裕福な人物になることは私には関係ない。夜寝るときに、素晴らしいことをやったと言えることが、私には重要だ」(ウォール・ストリート・ジャーナル、1993年5月25日)

***

 「アップルにとっての解決策はコスト削減ではなく、現在の苦境から抜け出す道を革新することだ」(『Apple Confidential: The Real Story of Apple Computer Inc.』1999年5月)

 

競合他社について

 「マイクロソフトの唯一の問題は特徴がないことだ。まったく味がない。これは些細なことではなく、彼らには独自のアイデアがあるとは思えず、製品にほどんとカルチャーが吹き込まれていないというほど大きな意味だ」

 「悲しいことだ。マイクロソフトの成功のことではない――彼らの成功はまったく気にならない。成功にほぼ値するだろう。ただ、三流品を作っているという事実が気にかかるのだ」(ドキュメンタリー『Triumph of the Nerds』1996年)

 

将来の予測

 「大半の人々が家にコンピューターを購入する最も切実な理由は、国中のコミュニケーションネットワークにリンクするためだろう。ほとんどの人々にとって、電話と同じくらい真に素晴らしい躍進となるものの初期の段階に達したばかりだ」(プレイボーイ誌、1985年2月1日)

 

人生について

 「海軍に入るよりも海賊になるほうがずっと楽しい」(『Odyssey: Pepsi to Apple』(1987年)のクオート、1982年)

***

 「何かをやってそれが非常に良い場合には、それについて長々と話すのではなく、もっとすごいものに取り組むべきだと思う。次は何かを考え出すことだ」(NBCナイトリーニュース、2006年5月)

 

さらにもう一つ

 「誰だって死にたくないものだ。天国に行きたいと思っている人でさえ、そのために死ぬのはいやだと思っている。しかしそれでも、死は誰にも共通した行き先だ。死を逃れたものは誰もいない。「死」は「生」が生んだ唯一無比の最良の発明と言える。古いものを一掃して、新しいものに道を譲る。今は新しいほうがあなただろうが、そう遠くない将来にあなたは徐々に古いほうになり、やがては消え去る。こんな言い方で申し訳ないが、全くの事実だ」

 「時間は限られている。誰か他の人の人生を生きることで時間を無駄遣いしないで欲しい。定説――多くの人々の思考の結果に基づいて生きること――にとらわれないように。他人の意見というノイズに自分の内なる声がかき消されないように。そして最も重要なことだが、自分自身の興味と直感に従う勇気を持って欲しい。それらにはあなたが本当になりたいものが既に分かっている。それ以外はすべてそれほど重要ではない」(スタンフォード大の卒業式の講演で、2005年6月)
記者: Jennifer Valentino-DeVries  

 

 

偉大な功績残した不世出のイノベーター、スティーブ・ジョブズ氏

 

1997年1月9日、米カリフォルニア州サンフランシスコで開催されたアップルの製品展示会「マックワールド・カンファレンス」でアイフォーンを掲げるスティーブ・ジョブズ氏

 

2011年 10月 6日  17:59 JST 
 
 米アップルの会長で共同創業者のスティーブ・ジョブズ氏が5日、死去した。56歳だった。


 ジョブズ氏の家族は、アップルが発表した声明の中で、ジョブズ氏は「家族に見守られて本日安らかに息を引き取った。多くの皆さんがわたしたちとともに彼の死を悼むことと思うが、悲しみにくれるわたしたちのプライバシーを尊重していただきたい」と述べた。

 アップルは死因を明らかにしていない。ジョブズ氏は膵臓(すいぞう)がんと闘っており、数年前には肝臓移植を受けている。今年8月、最高経営責任者(CEO)を退任し、ティム・クック氏に引き継いだ。

 クック氏は従業員宛ての書簡で、「アップルは先見性に富み、創造力にあふれた天才を失った。そして世界は驚くべき人物を失った」とし、「われわれは彼が愛した仕事に打ち込むことで彼の思い出に報いよう」と語った。

 ジョブズ氏は、30年以上に及ぶキャリアの中で、かつては果樹園が広がるのどかな土地であったシリコンバレーをIT(情報技術)業界のイノベーションの中心地へと変ぼうさせる上で大いに貢献した。

 マイクロソフトの共同創業者、ビル・ゲイツ氏やオラクルの創業者、ラリー・エリソン氏らIT業界の先駆者たちと共に業界の基礎を作り上げるとともに、優れたデザインには技術力を陵駕する魅力があることを証明し、デジタル化が進む社会において消費者のテクノロジーとのかかわり方を大きく変えた。

 ゲイツ氏は5日、声明で「スティーブのように強い影響力を持つ人物は世界でもまれだ。その影響は今後も数世代にわたり残るだろう」と述べた。

 ジョブズ氏は晩年にとりわけ大きな功績を残した。携帯音楽プレーヤー「iPod(アイポッド)」やスマートフォン(高機能携帯電話)「iPhone(アイフォーン)」、タブレット端末「iPad(アイパッド)」などのヒット商品を立て続けに世に送り出し、家電やデジタルメディア業界を一変させた。

 ジョブズ氏の巧みな広告キャンペーンやアップルストアを通じたマーケティングや販売手法は、アップルをポップカルチャーのアイコン的存在へと変ぼうさせた。

 その初期段階において、ジョブズ氏はかつて自らの哲学について「芸術と技術の交差点」となる製品を作ることだと語った。それを実践することで、アップルを時価総額3500億ドル(約27兆円)の世界で最も価値ある会社へと変えた。

 08年半ばごろから体重が著しく減少し、09年に約半年間病気療養のために休職、その期間に肝臓移植手術を受けた。今年1月半ば、健康上の理由とだけ説明し再び病気療養に入り、その後CEOを退任した。

 家族は妻のローリーンさんと子供4人。

 テクノロジー業界における計り知れない功績はもとより、エンターテインメント業界においてもジョブズ氏は同じく画期的な役割を果たした。アップルを世界最大規模の音楽ストアへと変ぼうさせ、ピクサー・アニメーション・スタジオ(後にウォルト・ディズニーに売却)の投資家、およびCEOとしてコンピューターグラフィックス(CG)アニメの人気拡大に一役買った。インターネットの使用方法や音楽、テレビ番組、映画、書籍の楽しみ方を変え、その過程で業界再編をもたらした。

 ディズニーのロバート・アイガーCEOは5日、声明で「あれだけのことを成し遂げたが、彼がまだ何かを始めたばかりのような気がしてならない」と述べた。

 ジョブズ氏は近代ビジネス史上まれにみる見事な復帰も果たした。アップルを11年間離れ、一度は過去の人としてほぼ忘れ去られていたにもかかわらず、ディスプレー一体型デスクトップ機「iMac(アイマック)」やアイポッド、楽曲配信ストア「iTunes(アイチューンズ)」などの製品やサービスを投入し、苦境に陥っていた会社を見事によみ返らせた。

 年間売上高は1997年度の71億ドルから2010年度には652億ドルに拡大した。消費者向け電子機器デザインで世界最高峰の企業となり、その守備範囲はパソコンだけにとどまらないことを示すかのように07年1月に社名から「コンピュータ」の文字を外した。

 ジョブズ氏は公式には8月に長年の右腕であるクック氏に指揮権を譲り渡しているが、その死は、ジョブズ氏の先見性と指導なしにアップルがいかに成功を維持するのか、という重大な疑問を生じさせる。

 ウォルト・ディズニーやウォルマート・ストアーズ、IBMなどの他の米国資本主義を象徴する企業の場合、カリスマ的創業者を失った直後は多少混乱があったものの、最終的には何とか切り抜けている。

 だが、アップルほどの地位の会社で創業者に著しく依存している、あるいは創業者がキャリアのピークに死去した例はほとんどない。ジョブズ氏が85年にアップルを事実上追放されてから数年後、同社の業績は徐々に傾き始め、やがてコンピューター業界の隅に追いやられてしまう。それがようやく好転したのはジョブズ氏が97年に復帰してからだ。

 部下や部下のアイデアが気に入らないと「まぬけ」と怒鳴りつけるなど、その気難しい経営スタイルにまつわる逸話も事欠かない。

 マイクロソフトやグーグル、アマゾン・ドット・コムなどのライバルに対してはさらに闘争心をむき出しにした。アドビ・システムズが10年4月にアイフォーンとアイパッドがアドビの動画技術「フラッシュ」に対応していないことを批判するキャンペーンを打ち出したときは、1600語のエッセーをしたため、いかにフラッシュが時代遅れで携帯端末に不向きかをとうとうと語った。

 ハードウエアとソフトウエアに関する品質基準にも妥協は一切なかった。顧客がそのスタイリッシュなアップルストアに一歩足を踏み入れた瞬間から、「常識を覆すほどの優れた」美しさと使いやすさを感じられる製品を要求した。開発やデザイン過程における細部に至るまでのこだわりがアップル製品の最も際立った特徴の一部を実現し、自ら壇上に立って行う入念に計画された新製品のお披露目は他に類をみない熱狂を世間に生み出した。

 新製品発表後のイベントで、ジョブズ氏はよく「もう1つあった」といたずらっぽく言いながらスピーチの最後の最後に最も重大なニュースを明かした。新製品への期待をあおるための戦略として、従業員には秘密厳守を強いた。

 ジョブズ氏は1955年2月24日に生まれ、生後すぐにカリフォルニア州パロアルト在住の夫婦に養子として引き取られた。大学中退後、1976年に21歳で友人のスティーブ・ウォズニアック氏と自宅のガレージでアップルコンピュータを創業、若くしてテクノロジーイノベーターとしての評判を確立した。

 1984年にディスプレーと一体になった独特のデザインのパソコン「Macintosh(マッキントッシュ、通称マック)」を発売。これが、コマンド入力ではなくマウスでアイコンをクリックして操作する、現代のパソコン向け基本ソフト(OS)の基準となった。

 マックのアイデアの多くは1979年にゼロックスのパロアルト研究所を訪れたことがきっかけで生まれた。その研究所でジョブズ氏は、「Alto(アルト)」という名のコンピューターに出会い、現在のグラフィカル・ユーザー・インターフェース(GUI)とマウスの原型となるものを目にする。このエピソードは幾度となく既存の発明を洗練・普及させてきたジョブズ氏の手腕を物語るものだ。

 ジョブズ氏はかつて90年代半ばの米公共放送PBS制作のコンピューター業界に関するドキュメンタリー番組で、「ピカソはかつて『偉大な芸術家は模倣せず盗む』と言った。わたしは偉大なアイデアを盗むことに恥じらいはない」と語っている。

 ジョブズ氏はその見た目からして会社経営者というよりは、芸術家といったイメージを作り上げようとしていたようだ。リーバイスのジーンズに黒のタートルネック、ニューバランスのスニーカーというお決まりの服装以外で公の場に現れることはめったになかった。

 ジョブズ氏を知る人たちは、彼が絶えずイノベーションを達成できた理由の1つは、過去の功績や遺産にあぐらをかくことなく常に前を見続け、それを部下にも要求したからだと話す。

 その証拠に、元アップル社員の外村(ほかむら)仁氏は、1990年代後半にジョブズ氏が復帰したあと、カフェテリアに展示してあった、かつてアップルコンピュータが最初に作ったパソコン「Apple I(アップルワン)」が、いつの間にか撤去されていたことがあったと語った。

 「自分もいつかは死ぬ。これを常に念頭に置いておくことが、何か失うのではないかという考えにとらわれないための一番の方法だ」

 がんと診断されてからほぼ1年後の05年6月、ジョブズ氏は米スタンフォード大学の卒業祝賀スピーチでこう語った。
記者: Yukari Iwatani Kane and Geoffrey A. Fowler  

 

 

 

スティーブ・ジョブズ 名言集

http://www.youtube.com/watch?v=ZeFtpIZtXAk

 

 

 

スティーブ・ジョブス 伝説の卒業式スピーチ(日本語字幕)

https://www.youtube.com/watch?v=RWsFs6yTiGQ&t=43s

 

 

Steve Jobs' 2005 Stanford Commencement Address

(冒頭大阪弁字幕付き)

https://www.youtube.com/watch?v=UF8uR6Z6KLc

 

Stanford

https://www.youtube.com/channel/UC-EnprmCZ3OXyAoG7vjVNCA

大学がYouTubeチャンネルを持っている。

 

 

TEDオススメ:

スティーブ・ジョブズ伝説のスタンフォード大学スピーチ

https://8823tarosuke.com/ted_recommend_stevejobs/-69.html

 

「ハングリーであれ。愚か者であれ」

ジョブズ氏スピーチ全訳 :日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXZZO35455660Y1A001C1000000/

 

米スタンフォード大卒業式(2005年6月)にて


2011/10/9 12:00
 

亡くなったスティーブ・ジョブズ氏は多くの印象的な言葉を残した。中でも2005年に米スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチは、自らの生い立ちや闘病生活を織り交ぜながら、人生観を余すところなく語り、広く感動を集めた。「ステイ・ハングリー、ステイ・フーリッシュ」。今も語り継がれるスピーチの全文を、日本語訳と英語原文で紹介する。

 

 

世界でもっとも優秀な大学の卒業式に同席できて光栄です。私は大学を卒業したことがありません。実のところ、きょうが人生でもっとも大学卒業に近づいた日です。本日は自分が生きてきた経験から、3つの話をさせてください。たいしたことではない。たった3つです。

 
まずは、点と点をつなげる、ということです。

 

私はリード大学をたった半年で退学したのですが、本当に学校を去るまでの1年半は大学に居座り続けたのです。ではなぜ、学校をやめたのでしょうか。

 

私が生まれる前、生みの母は未婚の大学院生でした。母は決心し、私を養子に出すことにしたのです。母は私を産んだらぜひとも、だれかきちんと大学院を出た人に引き取ってほしいと考え、ある弁護士夫婦との養子縁組が決まったのです。ところが、この夫婦は間際になって女の子をほしいと言いだした。こうして育ての親となった私の両親のところに深夜、電話がかかってきたのです。「思いがけず、養子にできる男の子が生まれたのですが、引き取る気はありますか」と。両親は「もちろん」と答えた。生みの母は、後々、養子縁組の書類にサインするのを拒否したそうです。私の母は大卒ではないし、父に至っては高校も出ていないからです。実の母は、両親が僕を必ず大学に行かせると約束したため、数カ月後にようやくサインに応じたのです。

 

そして17年後、私は本当に大学に通うことになった。ところが、スタンフォード並みに学費が高い大学に入ってしまったばっかりに、労働者階級の両親は蓄えのすべてを学費に注ぎ込むことになってしまいました。そして半年後、僕はそこまで犠牲を払って大学に通う価値が見いだせなくなってしまったのです。当時は人生で何をしたらいいのか分からなかったし、大学に通ってもやりたいことが見つかるとはとても思えなかった。私は、両親が一生かけて蓄えたお金をひたすら浪費しているだけでした。私は退学を決めました。何とかなると思ったのです。多少は迷いましたが、今振り返ると、自分が人生で下したもっとも正しい判断だったと思います。退学を決めたことで、興味もない授業を受ける必要がなくなった。そして、おもしろそうな授業に潜り込んだのです。

 

とはいえ、いい話ばかりではなかったです。私は寮の部屋もなく、友達の部屋の床の上で寝起きしました。食べ物を買うために、コカ・コーラの瓶を店に返し、5セントをかき集めたりもしました。温かい食べ物にありつこうと、毎週日曜日は7マイル先にあるクリシュナ寺院に徒歩で通ったものです。

 

それでも本当に楽しい日々でした。自分の興味の赴くままに潜り込んだ講義で得た知識は、のちにかけがえがないものになりました。たとえば、リード大では当時、全米でおそらくもっとも優れたカリグラフの講義を受けることができました。キャンパス中に貼られているポスターや棚のラベルは手書きの美しいカリグラフで彩られていたのです。退学を決めて必須の授業を受ける必要がなくなったので、カリグラフの講義で学ぼうと思えたのです。ひげ飾り文字を学び、文字を組み合わせた場合のスペースのあけ方も勉強しました。何がカリグラフを美しく見せる秘訣なのか会得しました。科学ではとらえきれない伝統的で芸術的な文字の世界のとりこになったのです。

 

もちろん当時は、これがいずれ何かの役に立つとは考えもしなかった。ところが10年後、最初のマッキントッシュを設計していたとき、カリグラフの知識が急によみがえってきたのです。そして、その知識をすべて、マックに注ぎ込みました。美しいフォントを持つ最初のコンピューターの誕生です。もし大学であの講義がなかったら、マックには多様なフォントや字間調整機能も入っていなかったでしょう。ウィンドウズはマックをコピーしただけなので、パソコンにこうした機能が盛り込まれることもなかったでしょう。もし私が退学を決心していなかったら、あのカリグラフの講義に潜り込むことはなかったし、パソコンが現在のようなすばらしいフォントを備えることもなかった。もちろん、当時は先々のために点と点をつなげる意識などありませんでした。しかし、いまふり返ると、将来役立つことを大学でしっかり学んでいたわけです。

 

繰り返しですが、将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできません。できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。だから、我々はいまやっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろうと信じるしかない。運命、カルマ…、何にせよ我々は何かを信じないとやっていけないのです。私はこのやり方で後悔したことはありません。むしろ、今になって大きな差をもたらしてくれたと思います。

 

2つ目の話は愛と敗北です。

 

私は若い頃に大好きなことに出合えて幸運でした。共同創業者のウォズニアックとともに私の両親の家のガレージでアップルを創業したのは二十歳のときでした。それから一生懸命に働き、10年後には売上高20億ドル、社員数4000人を超える会社に成長したのです。そして我々の最良の商品、マッキントッシュを発売したちょうど1年後、30歳になったときに、私は会社から解雇されたのです。自分で立ち上げた会社から、クビを言い渡されるなんて。

 

実は会社が成長するのにあわせ、一緒に経営できる有能な人材を外部から招いたのです。最初の1年はうまくいっていたのですが、やがてお互いの将来展望に食い違いがでてきたのです。そして最後には決定的な亀裂が生まれてしまった。そのとき、取締役会は彼に味方したのです。それで30歳のとき、私は追い出されたのです。それは周知の事実となりました。私の人生をかけて築いたものが、突然、手中から消えてしまったのです。これは本当にしんどい出来事でした。

 

1カ月くらいはぼうぜんとしていました。私にバトンを託した先輩の起業家たちを失望させてしまったと落ち込みました。デビッド・パッカードやボブ・ノイスに会い、台無しにしてしまったことをわびました。公然たる大失敗だったので、このまま逃げ出してしまおうかとさえ思いました。しかし、ゆっくりと何か希望がわいてきたのです。自分が打ち込んできたことが、やはり大好きだったのです。アップルでのつらい出来事があっても、この一点だけは変わらなかった。会社を追われはしましたが、もう一度挑戦しようと思えるようになったのです。

 

そのときは気づきませんでしたが、アップルから追い出されたことは、人生でもっとも幸運な出来事だったのです。将来に対する確証は持てなくなりましたが、会社を発展させるという重圧は、もう一度挑戦者になるという身軽さにとってかわりました。アップルを離れたことで、私は人生でもっとも創造的な時期を迎えることができたのです。

 

その後の5年間に、NeXTという会社を起業し、ピクサーも立ち上げました。そして妻になるすばらしい女性と巡り合えたのです。ピクサーは世界初のコンピューターを使ったアニメーション映画「トイ・ストーリー」を製作することになり、今では世界でもっとも成功したアニメ製作会社になりました。そして、思いがけないことに、アップルがNeXTを買収し、私はアップルに舞い戻ることになりました。いまや、NeXTで開発した技術はアップルで進むルネサンスの中核となっています。そして、ロレーンとともに最高の家族も築けたのです。

 

アップルを追われなかったら、今の私は無かったでしょう。非常に苦い薬でしたが、私にはそういうつらい経験が必要だったのでしょう。最悪のできごとに見舞われても、信念を失わないこと。自分の仕事を愛してやまなかったからこそ、前進し続けられたのです。皆さんも大好きなことを見つけてください。仕事でも恋愛でも同じです。仕事は人生の一大事です。やりがいを感じることができるただ一つの方法は、すばらしい仕事だと心底思えることをやることです。そして偉大なことをやり抜くただ一つの道は、仕事を愛することでしょう。好きなことがまだ見つからないなら、探し続けてください。決して立ち止まってはいけない。本当にやりたいことが見つかった時には、不思議と自分でもすぐに分かるはずです。すばらしい恋愛と同じように、時間がたつごとによくなっていくものです。だから、探し続けてください。絶対に、立ち尽くしてはいけません。

 

3つ目の話は死についてです。

 

私は17歳のときに「毎日をそれが人生最後の一日だと思って生きれば、その通りになる」という言葉にどこかで出合ったのです。それは印象に残る言葉で、その日を境に33年間、私は毎朝、鏡に映る自分に問いかけるようにしているのです。「もし今日が最後の日だとしても、今からやろうとしていたことをするだろうか」と。「違う」という答えが何日も続くようなら、ちょっと生き方を見直せということです。

 

自分はまもなく死ぬという認識が、重大な決断を下すときに一番役立つのです。なぜなら、永遠の希望やプライド、失敗する不安…これらはほとんどすべて、死の前には何の意味もなさなくなるからです。本当に大切なことしか残らない。自分は死ぬのだと思い出すことが、敗北する不安にとらわれない最良の方法です。我々はみんな最初から裸です。自分の心に従わない理由はないのです。

 

1年前、私はがんと診断されました。朝7時半に診断装置にかけられ、膵臓(すいぞう)に明白な腫瘍が見つかったのです。私は膵臓が何なのかさえ知らなかった。医者はほとんど治癒の見込みがないがんで、もっても半年だろうと告げたのです。医者からは自宅に戻り身辺整理をするように言われました。つまり、死に備えろという意味です。これは子どもたちに今後10年かけて伝えようとしていたことを、たった数カ月で語らなければならないということです。家族が安心して暮らせるように、すべてのことをきちんと片付けなければならない。別れを告げなさい、と言われたのです。

 

一日中診断結果のことを考えました。その日の午後に生検を受けました。のどから入れられた内視鏡が、胃を通って腸に達しました。膵臓に針を刺し、腫瘍細胞を採取しました。鎮痛剤を飲んでいたので分からなかったのですが、細胞を顕微鏡で調べた医師たちが騒ぎ出したと妻がいうのです。手術で治療可能なきわめてまれな膵臓がんだと分かったからでした。

 

人生で死にもっとも近づいたひとときでした。今後の何十年かはこうしたことが起こらないことを願っています。このような経験をしたからこそ、死というものがあなた方にとっても便利で大切な概念だと自信をもっていえます。

 

誰も死にたくない。天国に行きたいと思っている人間でさえ、死んでそこにたどり着きたいとは思わないでしょう。死は我々全員の行き先です。死から逃れた人間は一人もいない。それは、あるべき姿なのです。死はたぶん、生命の最高の発明です。それは生物を進化させる担い手。古いものを取り去り、新しいものを生み出す。今、あなた方は新しい存在ですが、いずれは年老いて、消えゆくのです。深刻な話で申し訳ないですが、真実です。

 

あなた方の時間は限られています。だから、本意でない人生を生きて時間を無駄にしないでください。ドグマにとらわれてはいけない。それは他人の考えに従って生きることと同じです。他人の考えに溺れるあまり、あなた方の内なる声がかき消されないように。そして何より大事なのは、自分の心と直感に従う勇気を持つことです。あなた方の心や直感は、自分が本当は何をしたいのかもう知っているはず。ほかのことは二の次で構わないのです。

 

私が若いころ、全地球カタログ(The Whole Earth Catalog)というすばらしい本に巡り合いました。私の世代の聖書のような本でした。スチュワート・ブランドというメンロパークに住む男性の作品で、詩的なタッチで躍動感がありました。パソコンやデスクトップ出版が普及する前の1960年代の作品で、すべてタイプライターとハサミ、ポラロイドカメラで作られていた。言ってみれば、グーグルのペーパーバック版です。グーグルの登場より35年も前に書かれたのです。理想主義的で、すばらしい考えで満ちあふれていました。

 

スチュワートと彼の仲間は全地球カタログを何度か発行し、一通りやり尽くしたあとに最終版を出しました。70年代半ばで、私はちょうどあなた方と同じ年頃でした。背表紙には早朝の田舎道の写真が。あなたが冒険好きなら、ヒッチハイクをする時に目にするような風景です。その写真の下には「ハングリーなままであれ。愚かなままであれ」と書いてありました。筆者の別れの挨拶でした。ハングリーであれ。愚か者であれ。私自身、いつもそうありたいと思っています。そして今、卒業して新たな人生を踏み出すあなた方にもそうあってほしい。

 

ハングリーであれ。愚か者であれ。

 

ありがとうございました。

 

※スティーブ・ジョブズ氏が2005年6月12日、スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチ原稿の翻訳。

 

(以下原文、同大リリースより)省略

 

ジョブズの生き様

https://www.youtube.com/watch?v=j4Esdw7yJ_U

 

 

 

【泣ける動画】Steve Jobs Last Words~スティーブ・ジョブズ最後の言葉~

https://www.youtube.com/watch?v=Zyq60s6ajzM

 

 

スティーブ・ジョブズ >発言

 

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