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2019年04月30日(火) 
 「好きなスポーツは何ですか?」

 日本語教師という仕事を始めてこの4月ではや35年目、何百回となく繰り返してきた質問だ。そして、その答えもたいていは、サッカー、バレーボール、バスケットボール、ピンポン、あるいは日本に来てから好きになった野球などが多い。たまに欧米からの学生で乗馬というのもあった。ところが、今年、中国人の男子学生から予想もしない答えが返ってきた。「eスポーツ」。

 その瞬間、「ガーン」という衝撃が脳味噌を貫いた。時代は昭和から平成を過ぎ、明日からは「令和(れいわ)」が始まる。そんな新しい時代を象徴する出来事だった。ちなみに、「eスポーツ(esports)」とは、「エレクトロニック・スポーツ」の略で、広義には、電子機器を用いて行う娯楽、競技、スポーツ全般を指す言葉であり、コンピューターゲーム、ビデオゲームを使った対戦をスポーツ競技として捉える際の名称、とある。
《参照:一般社団法人日本eスポーツ連合オフィシャルサイト》

 考えたら、平成の始めは昭和天皇の崩御からだったので、静かなものだった。浮かれるなんてことしたら、不謹慎と咎められるような雰囲気だった。それに反して令和は明るい。昨日も大阪では、平成最後の昭和の日に大正駅で明治のR―1(令和元年)を飲むなんてことして楽しんだ人もいたようだ。全員とまではいかないだろうが、新しい時代を明るく迎えられるのはいいことだ。これもいろんなことがあったとはいえ、平成が日本では戦争もなく、平和な時代だったからだろう。

 さて、新しい年号「令和」は新時代に相応しく、従来の中国古典に由るのではなく、史上初、国書である『万葉集』が典拠だという。安倍首相が誇らしげに会見していたのは、まだ記憶に新しい。その裏に、中国何するものぞ!という雰囲気が見え隠れしていたようにも見えた。ああ、この人は何も分かっていないのか、それとも、分かった上でこんなことを言う確信犯なのか。

 令和の出典は『万葉集』(巻5)にある「梅歌の歌32首」序文にある「初春の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和(やわら)ぎ【初春令月 気淑風和】」からという。ところが、この発表後、すぐにネット上では中国の古典が原典という声があがった。8世紀後半に成立した『万葉集』より250年ほど前に成立した『文選』に、「仲春の令(よ)き月、時は和らぎ気は清し【仲春令月 時和気清】」という文言があり、『万葉集』がこれを参考にしていると考えられるからだ。

 以前から、万葉の梅花の歌序文は、「王羲之の蘭亭集序のほかに初唐の詩序をもまねている」《1959年、岩波古典文学大系『万葉集(2)』、72頁頭注》とあるように、中国古典の影響が指摘されている。もっとも、当時の知識人が中国の古典を踏まえて漢詩を作るのは当たり前のこと。彼らにとっては王羲之(おうぎし、307~365)などの中国の文人達に対するオマージュだったのだろう。従来なら、万葉集ではなく、その元ネタである文選が典拠として公表されたのではないだろうか。

 今回の元号候補は六つだったそうだ。その中には「広至(こうし)」のように、中国の古典と日本の古典から出典されたものもあったという。それなら、なぜ「令和」も同様、日中の古典が出典としなかったのだろうか。なんか無理矢理に日本古典のみが典拠と決めつけられたような感じがする。これって安倍政権下で流行っている「忖度」なのかも。

 令和の考案者と見なされている万葉学者の中西進氏は、「令」は「ご令息」「ご令嬢」と使われるように、形が整って美しいさまを表すと言っている。漢和辞典を見ると、美しい人は「令顔」、吉日は「令日」、善行の人は「令人」等々と言葉が並んでいる。女性の名前の令子さんは、そういう意味だったんだ。しかし、これらはすべて「令月」のように漢字熟語で、「令」一字を「うるわしい」と読ませる国書はあるのだろうか。

 私は、現政権があくまで国書を出典と言い張るのなら、「令和」そのものを使っている国書を出典にすべきだと思う。その国書とは、『将門記(しょうもんき)』だ。同書は「まさかどき」とも言い、平将門(たいらのまさかど、?~940)を中心に東国における承平・天慶の乱(931~947)の顛末を記した軍記物語だ。

 939(天慶)年2月、武蔵権守(むさしごんのかみ)興世(おきよ)王と介(すけ)源経基(つねもと)が足立郡司(あだちぐんじ)武蔵武芝(たけしば)と争い、それを調停するために将門が武蔵国府に赴き、和解に持ち込んだ。この部分、『将門記』は変体漢文(和風漢文体)で次のように記している。

将門且興世王与武芝、令和此事之間、各傾数坏迭 披栄花。
【読み下し】将門また興世王(おきよのおほきみ)と武芝(たけしば)と、このことを和(わ)令(せしむる)の間(あひだ)に、各(おのおの)数坏(すはい)を傾(かたぶ)けて迭(たが)ひに栄花(えいぐわ)を披(ひら)く。
【現代語訳(小学館 日本古典文学全集)】将門は興世王と武芝の二人の中に立ち、両者の和解を実現しようと務めたが、その間にそれぞれ数杯を傾けて、座も打ち解けて華やいだ気分となった。

 両者は将門の仲介で一度は和解が成立したかに見えた。しかし、手違いで経基の営所を武芝の軍が囲み、驚いた経基は将門が興世王らと謀り、自分を殺そうとしていると思い込んでしまう。そして、急ぎ上京し、興世王と将門を謀反として朝廷に訴えるのである。そもそも一族間の所領をめぐる対立という私的闘争から始まった将門の乱は、反国衙行動、そして新皇を称し百官を任命する国家的反乱へと拡大するが、その契機となった場面に「令和」は登場する。

 このように国書である『将門記』に登場する「令和」は、争いごとを治め、人々の心を和やかにするという意味で使われている。新しい時代は、今以上に世界中の人々が自由に行き来し、旅行、ビジネス、留学、就業などで、この日本社会で暮らすことになるだろう。「令和」は、そういう時代に相応しい年号となってほしい。

閲覧数89 カテゴリ日記 コメント2 投稿日時2019/04/30 17:03
公開範囲外部公開
コメント(2)
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  • 2019/04/30 22:25
    zosanさん
    eスポーツ・・・、名はスポーツでも要はゲーム???
    次項有
  • 2019/05/01 10:24
    鉛筆互福店さん
    > zosanさん
    私も脳がショウワなので、同じように考えていますが、社会は進化しているようです。スポーツという概念が変わってきているようです。たとえば、サンケイスポーツのネット版をご覧になってください。ちゃんとeスポーツの項目が入っています。スポーツ新聞でも扱うのなら、もうこれはれっきとしたスポーツと社会では認識されていると言ってもいいでしょうね。
    https://www.sanspo.com/
    次項有
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