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2019年11月18日(月) 


一夜明けて9月8日です。


移動日です、途中昨日の帰途立ち寄ったエグル駅で降りて3つの私鉄路線の一つに乗って山上まで行ってみようと予定していました。以前行ったとき途中の区間が大工事で行けなかったので再訪しようと思っていたのです。

 

が、それは難しいことが分かりました。


宿泊したヴヴェのホテルのシステムがとても不便だったのです。

 

予定では、朝荷物をホテルに預けてエグルに行き、午後一旦ヴヴェまで戻り荷物を引き取って次の宿泊地に移動する予定でした。
ところがこのホテル、土・日はスタッフが一人もいないのです。


玄関や寝室に入るのには、チェックインの時に知らされる番号を備え付けのキーボードに打ち込むとドアが開くシステムで、その番号はチェックアウトの日の10時までしか使えません。

なのでいったん外に出て10時過ぎに戻ってくるとホテルに入れないのです。荷物を預けて午後に取りに来るということが不可能なのです。


かと言ってスーツケースを引っ張っての撮り鉄は非常に困難です。
特に田舎の小さな駅にはコインロッカーなんて便利なものが無い所が多いのです。
午前中の撮り鉄予定は中止せざるを得ませんでした。


と言うわけで、ヴヴェ駅を10時31分に出て次の宿泊地ブリーク駅に12時02分に着く急行と言うか準急と言うかIRと言う種別の列車で1時間半の乗り鉄です。

 

列車はモントルーの少し先まで湖畔を走るのですが区間中湖が見えるのはほんのわずか、バイロンが幽閉されたというシヨン城が見えるくらいであとは退屈な時間が過ぎて行きます。

 

 

 

今夜の宿泊は Brig(ブリーク)駅前の小さなホテルです。本当は、翌日のことを考えてちょっと手前の Visp(フィスプ)に泊まりたかったのですがホテルを取ることが出来ず隣町まで来てしまいました。

 

ブリークはイタリアとの国境に近い街です。スイスパスを使ってSBB(スイス国鉄)でイタリアのドモドッソーラと言う街まで行くことが出来ます。午後が丸々暇になってしまったので少し足を延ばしてドモドッソーラとか他のどこかに、とも思ったのですがたまに雨が当たるようなお天気です。移動はやめてブリークで過ごすことにしました。

 

が、結局ブリークの街はこれと言って見どころは何も有りませんでした。

 

 

 

一夜明けて9日。

この日は Zermatt(ツェルマット)に行く予定です。ツェルマットは「マッターホルンの麓の街」と言われ街内や周辺でマッターホルンが見られ、更にその先登山電車で Gornergrat(ゴルナグラート)まで行けばマッターホルンが手に取るように見える所です。


ブリークの朝のお天気は思わしくありません。空一面に雲が広がっています。このところこんなお天気ばかりです。
でも、雲は低そうです、この雲の上に出れば良いお天気かもしれません。期待を持って、まず私鉄マッターホルン・ゴッタルト鉄道に乗車、ツェルマットに向かいます。

 

 

隣町フィスプまでは昨日走って来たSBB(スイス国鉄)に並行して走り、フィスプ駅を出ると線路は大きく左にカーブしてツェルマットに向かいます。線路は、ツェルマットの奥、ゴルナー山系から流れ出てフィスプでローヌ川に合流するフィスパ川にピッタリ寄り添い、しばらくは緩やかな上り坂を走ります。


途中で126/1000と言う急こう配をアプト式ラックレール区間を登り進みます。

列車が進むにつれ川は狭く深くなってきます。

 

 

水が少ない時期には、川と言うより岩がごろごろした山道のようになります。

 

 

 

フィスプを出て、10分も走ると川はかなり低い所を流れ、谷は深くなってきます。

 

 

 

車窓に緑地と民家が見えてきました。リゾート地 St.Niklaus(ザンクト・ニクラス)の集落です。

 

 

小高い所にもかなり家が建っています。

 

 

駅前には教会が有り、玉ねぎ屋根の塔が建っています。プファルキルヒェと言うカトリックの教会です。

 

 

ツェルマットまではあと40分かかります。

しばらく走ると鍋を伏せたような山が見えてきました。

山が見えてきたと言うより、くっきりとした青空が見えてきました。期待が持てます。

 

 

 

そして、雲のない青空です。山の雪がきれいです。

 

 

 

そろそろツェルマットに到着です。


閲覧数32 カテゴリ日記 コメント2 投稿日時2019/11/18 18:35
公開範囲外部公開
コメント(2)
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  • 2019/11/19 13:55
    ベッガさん
    バイロンですか。英文学科の元生徒にはなつかしい名前です。この人、やたら派手で自己顕示欲が強くて女性好きで、ギリシアの独立運動に身を投じようと出かけて、どちらかといえば周囲に迷惑かけて死んじゃった。お坊ちゃまの遊びみたいなものだったのでしょう。、

    この辺りはイタリアに近いし、多くの英国人・ドイツ人の文学者が訪れたようですね。
    次項有
  • 2019/11/19 15:29
    鉛筆zosanさん
    > ベッガさん
    バイロンと言う人については、全くと言っていいくらい何も知りません。
    何年も以前観光ツアーでこのお城に行ったとき、ガイドさんが「バイロンが幽閉されていた牢獄部屋です」と言ったので、ここに幽閉されていたんだなあと思ったという程度のレベルです。
    恥ずかしながら、バイロンはイギリスの詩人、と言うくらいしか知識が無いのです。

    写真はそのツアーで行った時の物で、牢獄部屋の柱にバイロンが彫ったものだという説明が有りました。
    次項有
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