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2020年01月15日(水) 
湊川神社から大開通を西へ少し歩くと、そこは「東の浅草・西の新開地」と呼ばれた昔の大歓楽街。江戸の大原と並ぶ神戸の福原もこの一角にあります。

日本が鎖国から開国に向かう中、江戸幕府は横浜・神戸を外国人に開放しますが、彼らを忌み嫌う日本人のために活動エリアを分断する必要がありました。
それに使われたのが天井川だった湊川で、双方の行き来を困難にしてくれていました。

時代は文明開化へと進み、分ける役割を担っていた湊川が逆に文化融合の障害となって、川筋を変えて埋め立てて出来た土地が「新開地」。
自然にハイカラな神戸文化の集積地にような場所になりました。

ところが、日本が高度経済成長期を迎えるとともに映画・演劇・芸能の一大拠点だった新開地は寂れて、くすんだ街と変貌します。
阪神淡路大震災のあと、新開地を取り戻す活動が地元住民によって始まり、今では若者も引きつける新しい新開地が姿を見せ始めています。

そのフラグシップのひとつが「神戸喜楽館」。
上方落語協会会長が「神戸あたりにも上方落語の定席を」と発言した新聞記事を見た商店街の若手が1通の手紙を送ったことが、神戸新開地・喜楽館の実現の最初の第一歩になります。それから、上方落語協会、兵庫県、神戸市、新開地まちづくりNPOが中心となってわずか3年後の2017年8月に、新開地2丁目建設地で起工式が行われました。

それもこれも、かつて演芸があちらこちらで盛んで神戸随一の歓楽街だった新開地を、芸能文化の復活で蘇らせたいと、まちづくりNPOの事務所を使って寄席をはじめ、人気の「新開地寄席」まで育てた当時の事務局長の熱い想いがあってのことでした。

閲覧数43 カテゴリ日記 投稿日時2020/01/15 08:51
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