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2020年01月28日(火) 

「迷惑乗り入れ」と抗議された過去も!

東京メトロ千代田線の波乱の半世紀

 


AERA dot.
 2020/01/28 07:00

 

 

 

 


© AERA dot.

提供 開業間もない新御茶ノ水駅に停車する営団地下鉄5000系。新御茶ノ水駅はメガネ型シールド工法で建設された

 

当時最先端の回生ブレーキ付き電機子チョッパ制御方式を採用し、外観も革新的だった6000系の試作車。量産車とは帯やスカートなども異なる

 

営団地下鉄千代田線の北千住~綾瀬間と、国鉄常磐線の綾瀬~我孫子間の複々線が完成し、1971年4月19日に綾瀬駅で行われた開通式。手前が営団6000系、奥が国鉄103系1000番代

 

代々木公園~代々木上原開通を前に、試運転で顔を合わせた営団6000系(右)と、小田急が相互直通運転用に開発した9000形(左)

 

 

 都心で暮らす人々にとって日々の生活に欠かせない地下鉄。その一つ、東京メトロ千代田線が昨年末に、1969年12月20日の開業から50周年を迎えた。その50年間の歴史には、今では当たり前になった相互直通運転で、「迷惑乗り入れだ!」と抗議集会が巻き起こった過去も。当時日本初の建設工法を採り入れたり、まさに、エポックメイキングな路線と言える。半世紀のエピソードを紹介しよう。

 

【懐かしい?1971年の綾瀬駅の写真はこちら】

 

*  *  *

 

■新工法を積極的に導入し難関区間から先に建設

 

 昭和30年代に入ると、都市の鉄道は通勤客が急増し、特に東京都は激化の一途をたどっていた。運輸大臣(現・国土交通大臣)の諮問機関である都市交通審議会は1962年7月、答申第6号によって、東京都市計画高速鉄道第9号線を告示した。当時、第9号線は喜多見~綾瀬間32.5キロ(建設キロ)として計画されていたが、のちに代々木上原~綾瀬間23.0キロ(建設キロ)に変更された。

 

 この路線を営団地下鉄(現・東京メトロ)の手で建設することになったほか、国鉄(現・JR東日本)常磐線、小田急電鉄(以下、小田急)小田原線との相互直通運転も決まった。1966年から工事に着手し、まずは北千住~大手町間などを建設する運びになった。


 工事は軟弱な地盤を通ることから難航を極めた。新御茶ノ水駅は地形の関係で、国鉄御茶ノ水駅聖橋口付近から地表34メートル下の位置にホームを建設するため、円形で掘り進めた上下線のトンネルをつなげて、眼鏡のブリッジに相当する中間部にホームを設けるメガネ型シールド工法を我が国で初めて採り入れた。改札からホームまで41メートルという長いエスカレーターは、当時「東洋一」と称された。

 

 また、神田橋下では川底下の地盤を氷塊(氷結だろう。D.E.)させてから掘削工事に入る凍結工法を採用した(この工法は半蔵門線の九段下付近でも施行された)。さらに道路の幅員が狭い区間にトンネルを建設するため、湯島~北千住間は上下二層式を採用。公道の下は私有地にならないので、建設費を抑えられるのだ。

 

 路線名は営団地下鉄で初めて職員から公募されて千代田線と決定。保安装置は営団地下鉄初のCS-ATC(車内信号式の自動列車制御装置)を採用し、運転保安度や能率を向上させた。以降、営団地下鉄の標準的な保安装置となる。

 

 1969年12月20日、北千住~大手町間が開業し、5000系3両編成で営業運転が開始された(のちに5両編成化)。線路自体は綾瀬駅の先の綾瀬検車区まで延びていたが、常磐線の高架化工事に伴い、国鉄が千代田線の線路を借用するため、綾瀬~北千住間の営業は“お預け”。また、西日暮里は交差する国鉄駅が未開業だった。

 

■“迷惑乗り入れ”と非難された相互直通運転と運転パターンの変更

 

 1971年3月20日、霞ケ関~大手町間が開業。北千住~霞ケ関間の運転になり、列車は5両編成から一気に10両編成に増やされた。同年4月20日、綾瀬~北千住間が開業。併せて国鉄はダイヤ改正を行い、常磐線綾瀬~我孫子間の複々線化と同時に相互直通運転を開始(のちに複々線と相互直通区間を取手まで延伸)し、我孫子~霞ケ関間の運転に拡大された。また、西日暮里の国鉄駅も開業した。ところがこれが大きな波紋を呼ぶ。

 

 まず、綾瀬駅が国鉄管理駅から営団地下鉄管理駅に変わった。これにより、運賃計算が複雑化し、利用客にとっては大変分かりにくいものになった。例えば、松戸から西日暮里まで各駅停車に乗車し、西日暮里から池袋へ向かう場合、松戸~北千住間は国鉄、北千住~西日暮里間は営団地下鉄、西日暮里~池袋間は国鉄の運賃がそれぞれ適用され、割高になる。

 

 また、このダイヤ改正で上野発着は快速(取手以北の普通電車も含む)、千代田線直通は各駅停車とすみ分けを行った。そのため、各駅停車のみが停車する綾瀬、亀有、金町には常磐線快速用のホームが設けられなかった。このため、営団地下鉄で春闘によるストライキが発生した時は、国鉄沿線でありながら都心に直通できないため、乗客は松戸まで北上し、快速上野行きに乗り換えたという。

 

 しかも、営団地下鉄が申請した運賃の認可が下りたのは、開業6日前の4月14日、運賃などの説明をするポスターの掲示が4月17日で、あまりにも告知が遅過ぎた。

(それくらい当局も迷った、矛盾が多く、

利用者に迷惑な運賃、相互乗り入れなのだ。D.E.)

 

 相互直通運転や複々線により利便性向上になるはずが、利便性の低下を招く展開となり、亀有や金町に住まいを構える人たちが“迷惑乗り入れ”と抗議集会を起こす。この熱気に国鉄は常磐線の快速、各駅停車の増発を決め、ゴールデンウィーク明けにダイヤ改正をしたが、沿線の人々の怒りは収まらなかった。だが、国鉄はこの運転パターンを崩さず、沿線の人々も慣れたようで、いつしか怒号は消えていった。

(諦めさせられたのだ。D.E.)

 

■小田急と相互直通運転を開始、北綾瀬にも10両編成が直通

 

 1972年10月20日に開業した霞ケ関~代々木公園間では、3つの大きな特徴がある。1つ目は国会議事堂前駅。地表から36メートル下という都内最深駅(当時)となり、新御茶ノ水駅と同様にメガネ型シールド工法を採用した。2つ目は表参道駅。隣接する銀座線神宮前駅を移転改称することで乗換駅とした。3つ目は代々木公園の真下に広大な地下留置施設を設けたこと。8編成分を収容できるほか、ピット線を1本設け、検査や故障発生時の応急処置をできるようにした。

 

 残る代々木公園~代々木上原間が開業し、小田急小田原線代々木上原~本厚木間との相互直通運転が始まったのは、1978年3月31日。常磐線と異なり、平日の朝夕のみ14往復というもの。現在では考えられないほどの少なさであった。

 

 千代田線は全通したが、綾瀬検車区への回送線の旅客化を望む声に応え、1979年12月20日、分岐線として綾瀬~北綾瀬間が開業。北綾瀬駅のホームは1番線のみで、列車は同区間のみ運転の3両編成である。その後、ホームドアの設置に伴うATO(自動列車運転装置)運転化、北綾瀬駅の改良工事により、2019年3月16日ダイヤ改正から10両編成の列車が発着できるようになり、ついに全線走破する列車が誕生した。

 

■地下鉄初の特急運転。名車6000系が引退

 

 2005年5月17日、東京メトロと小田急は特急ロマンスカーの千代田線直通に合意した。小田急側が車両を用意し、2008年3月15日にデビュー。平日は通勤通学輸送、土休日は観光輸送を中心に運転されている。千代田線内は追い抜き設備がないので、平行運転せざるを得ないが、途中駅で停車時間をとることで、先行列車に接近しないようにしている。

 

 2017年から千代田線綾瀬~代々木上原間でホームドアの整備を進めている。これに伴い2018年3月24日から同区間がATO化されたが、一部の車両は引き続き手動運転を行っている。

 

 また、2018年11月18日をもって、長年活躍してきた6000系が引退した。1968年に試作車が登場し、1971年3月20日から営業運転に充当。左右非対称の前面、アルミ合金製の車体、回生ブレーキ付き電機子チョッパ制御方式といった当時の最先端技術を導入した車両で、鉄道史に残る名車であった。

 

 千代田線が開業して半世紀。営団地下鉄の新基準を作ったエポックメイキングな路線と言え、技術力で開業に結びつけた最初の路線と言っても過言ではない。(文/岸田法眼)

 

○岸田法眼(きしだ・ほうがん)/『Yahoo! セカンドライフ』(ヤフー刊)の選抜サポーターに抜擢され、2007年にライターデビュー。以降、フリーのレイルウェイ・ライターとして、『鉄道まるわかり』シリーズ(天夢人刊)、『論座』(朝日新聞社刊)、『bizSPA! フレッシュ』(扶桑社刊)などに執筆。著書に『波瀾万丈の車両』(アルファベータブックス刊)がある。また、好角家でもある。引き続き旅や鉄道などを中心に著作を続ける。

 


 

不忍池の底を破ってしまい、

池が干上がる事故を起こしたけどね。D.E.

 

不忍池 > 3 変遷 - Wikipedia

 

> 1967年9月には地下鉄千代田線の建設工事に伴う土砂崩れで池の底が抜け、約3万トンの水がトンネルに流れ込む事故が起きている。

 

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「迷惑乗り入れ」と抗議された過去も!

東京メトロ千代田線の波乱の半世紀

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https://dot.asahi.com/dot/2020012200052.html?page=1

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マップは 綾瀬駅


閲覧数101 カテゴリ常磐線 綾瀬、亀有、金町駅の差別的高額運賃をただす コメント3 投稿日時2020/01/28 21:23
公開範囲外部公開
コメント(3)
時系列表示返信表示日付順
  • 2020/01/29 11:11
    zosanさん
    何かと話題豊富な路線ですね。。。
    次項有
  • 2020/01/30 16:53
    > zosanさん

    > 常磐線は良く言えば変化に富み面白い路線であるが、見方を変えれば御都合主義で一貫性がなく、いつも乗客サービスは後まわしになるため、乗客の 国鉄不信の高さにかけても一、二を争う路線でもあるようだ。

    https://hyocom.jp/blog/blog.php?key=304994


    後まわしにされても文句を言わない住民・利用者がいけないんですが。

    今度の日曜日、曽根悟先生もお出でいただいて
    亀有駅、金町駅の鉄道問題を考える会の会合があります。
    葛飾区や足立区の区議、各区担当部門の職員も参加せしめて。

    https://www.facebook.com/groups/2336798713270057/

    常磐線 綾瀬、亀有、金町駅の差別的高額運賃をただすコミュニティ
    https://www.facebook.com/Ayase.Kameari.Kanamachi.sa…ku.unchin/
    次項有
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