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2020年07月13日(月) 

筑後川の治水 私見です。

 

 筑後川の堤防決壊を経験したのは1953年の西日本水害 です。このときは水害には無縁の山沿いの町に住んでいました。近所の年上のこどもに誘われて、久留米と大分を結ぶ国道210号線まで下ると、道路に大きな鯉やフナが水たまりに・・・

 

 持って帰った鯉やフナは美味しくいただきましたが怒られました。

 

・昭和28年西日本水害 - Wikipedia

https://bit.ly/2BXDu8d

 

”昭和28年西日本水害(しょうわ28ねんにしにほんすいがい)は、1953年(昭和28年)6月25日から6月29日にかけて九州地方北部(福岡県・佐賀県・熊本県・大分県)を中心に発生した、梅雨前線を原因とする集中豪雨による水害である。

阿蘇山・英彦山を中心に総降水量が1,000ミリを超える記録的な豪雨により、九州最大の河川である筑後川をはじめ白川など、九州北部を流れる河川がほぼすべて氾濫、流域に戦後最悪となる水害を引き起こし、死者・行方不明者1,001名、浸水家屋45万棟、被災者数約100万人という大災害となった。”

 

 --ここからが筑後川の治水--

 

 21才から約8年間、筑後川が朝一番の仕事場でした。筑後川の良質な川砂を福岡のコンクリート製品(大型の橋桁、新幹線のコンクリート枕木)製造会社に運ぶ大型ダンプカーの運転です。

 

 当時は筑後川の上流部から下流部まで一定の間隔で砂、砂利採取場が有りました。『砂、砂利採取』=川底のしゅんせつ の役割を果たしていました。

 

 雨水は高いところから低いところに流れるのは当然です。『砂、砂利採取』=川底のしゅんせつ が結果的に天井川化を防いでいたようです。

 

・天井川 - Wikipedia

https://bit.ly/3iUn4hk

 

”天井川(てんじょうがわ)とは、砂礫の堆積により河床(川底)が周辺の平面地よりも高くなった川である。”

 

 多分、小学生の社会の教科書に天井川の例として愛知県の矢作川が紹介されていて、川底)が周辺の平面地よりも高いということを理解できませんでした。受業では筑後川も学びましたが特に天井川にはは触れられなかったので筑後川はそういう傾向にはなかったのだと思います。

 

 1970年前後には砂、砂利の需要が増え過剰な『砂、砂利採取』の結果川底が下がり周辺の井戸水が枯れたり、砂、砂利採取場砂、砂利採取場の上流の橋の橋脚が浮いたり・・・弊害が出て砂、砂利採取禁止になりました。

 

  


閲覧数43 カテゴリ日記 コメント2 投稿日時2020/07/13 21:16
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3988さん
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前の地域SNSでの家族グループを再現したいと思っています。
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