1,502万kW/1,891万kW (03/06 22:25)
79%
■バックナンバー
■カテゴリ
■RSSフィード
RSS 1.0 RSS 2.0 Atom 1.0
■このブログのURL
https://hyocom.jp/blog/blog.php?key=311165
2020年10月13日(火) 

  『国家と教養』藤原正彦 | 新潮社
https://www.shinchosha.co.jp/book/610793/

 

世界史、西洋史を概観し

日本と世界(主に欧米)の近代史を概観し
民主主義社会を支え、平和を守る

「教養」について語っている。

「欧米」と一括にせず

アメリカ、ドイツ、フランス、イギリスの教養層の特徴を腑分けしている。

 

民主主義国家を成立させるためには

広範な国民、一般大衆の教養が必要だ。

さもないと衆愚政治に陥ってしまう。

国民を無知蒙昧無責任なままにしておくことが有利な連中がいる。

衆愚政治の中で権力を握っている連中、

そのおこぼれにあずかる連中だ。

D.E.

 

目次


第一章 教養はなぜ必要なのか
「グローバル・スタンダード」の背後にある、「アメリカの意図」を見抜けなかった日本。情報の取捨選択を可能にする「芯」のない国は、永遠に他国の思惑に流される。

 

「バスに乗り遅れるな」再び(グローバル・スタンダード)

アメリカのための改革(年次改革要望書、日米投資イニシアティブ報告書によるアメリカの対日要求)

共産圏に代わる敵(CIAやNSAにとっての)

狙い撃ちされた日本(ショック・ドクトリン(惨事便乗型資本主義))

改革によって損なわれた『国柄』/

∞「無限」イコール0(無限の情報の中で必要、重要な情報が埋もれてしまう)

 

現代史を俯瞰している。

冷戦終結後のアメリカ、バブル崩壊後の日本。
日本の自民党政治家、官僚は日本の為に、日本人の為に政治、行政を行っているわけではない。

アメリカの為に、多国籍企業の為に、働いている。

それが彼らにも利益をもたらすのだろう。

 

脚注 

マニフェスト・デスティニー
https://www.facebook.com/Double.Eagle.at.kachinet/p…6344061412

 

Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%8B%E3…B%E3%83%BC

マニフェスト・デスティニー(英語: Manifest Destiny)とは、元々はアメリカ合衆国の西部開拓を正当化する標語であった。「明白なる使命」や「明白なる運命」「明白なる大命」などと訳出される。「文明は、古代ギリシア・ローマからイギリスへ移動し、そして大西洋を渡ってアメリカ大陸へと移り、さらに西に向かいアジア大陸へと地球を一周する」という、いわゆる「文明の西漸説」に基づいたアメリカ的文明観である。

 

WIIS
Learn Advanced Knowledge Online.
高度な知識を、分かりやすく、すべての人へ。

もともとメキシコ領であったカリフォルニアからテキサスへ至る領域は、テキサス併合やメキシコ・アメリカ戦争(米墨戦争)などを経てアメリカへ編入されます。こうした動きを正当化するスローガンとして叫ばれたのが「明白な使命(マニフェスト・デスティニー)」。

https://wiis.info/blog/what-is-manifest-destiny/

 

年次改革要望書

Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B4%E6%AC%A1%E6…B%E6%9B%B8

 

年次改革要望書…

アーミテージレポート…

属国は何を押しつけられてきたか

長周新聞
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/9571

 

成長のための日米経済パートナーシップ - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%90%E9%95%B7%E3…3%E3%83%97

 

 

第二章 教養はどうやって守られてきたか
アレクサンドリア、コンスタンティノープル、バグダッド。ギリシアの古典は西洋の外で守られ、やがてルネサンスとして花開く。「教養の歴史」を概観する。

 

アレクサンドリアの世界最大の図書館/

アレクサンドリアを受け継いだコンスタンティノープル/

アッバース朝、バグダット/

アラビア数字の優位性/

十二世紀のルネサンス/

学芸復興の火付けとなったギリシャ古典/

 

ヨーロッパの中世(西ローマ帝国の滅亡からルネサンスまで)を概観する。

その間、ギリシャ・ローマ以来の「教養」は東方で保存された。

ヨーロッパはキリスト教のドグマに支配されていた。

一神教の困ったところで、聖書に書かれていること以外の異端を認めない。

 

 

第三章 教養はなぜ衰退したのか
教養はアメリカ人にとって、「自分たちが自らの意志で捨てたヨーロッパの遺物」である。資本主義。世界のアメリカ化、グローバリズムの進展で、教養の地位は墜ちていく。

 

リベラルアーツの起源/

マックス・ウェーバーの予言/

教養は本能を制御する/

二つの大戦で低下した教養の地位/

 

 

第四章 教養とヨーロッパ
教養主義のチャンピオンであるドイツがヒットラーを生んだのには理由がある。一般大衆を見下していた教養市民層には、政治意識と社会性が決定的に欠けていたのだ。

 

知識人たちも自国を擁護/

ノブレス・オブリージュで戦死した天才物理学者/

ナポレオンに敗れて目覚めたドイツ/

ドイツ教養主義の根っこにあるフランスへの対抗心/

フンボルトが忘れていたこと/

一%の教養市民層と九九%の大衆/

教養市民層が危うくなった三つの理由/

教養市民層がお膳立てしたヒットラーの登場/

イギリス貴族の桁違いぶり/

ニュートン家のリンゴはまずかった/

大衆を見下さなかったイギリス貴族/

バランス感覚とユーモア/

教養市民層を攻撃したヒットラー/

教養なき市民による民主主義が狂った独裁者を生んだ/

マイナスに働いた政治に対する嫌悪感/

ロジカル・イディオット(論理的バカ)

 

脚注

フェルキッシュ運動(民族運動)

フェルキッシュ - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3…7%E3%83%A5

 

フェルキッシュ運動→反ユダヤ主義→ナチズム→レイシズム

 

 

第五章 教養と日本
漱石言うところの「上滑りの開化」を続けてきた日本。西洋崇拝に由来するその「教養」には、常に無理がつきまとっていた。戦前知識層の苦闘の足跡をたどる。

 

教養どころではなかった幕末維新期/

目標を失って彷徨し始めた青年たち/

新渡戸稲造の影響/

立川文庫と講談倶楽部と岩波書店

高等遊民の誕生/

共産主義という妖怪/

戦後恐慌と昭和恐慌/

大学は出たけれど/

軍国主義と言論統制/

戦前の学生たちは、こんな本を読んでいた/

独裁政権は教養層を常に潰しにかかる/

日本の教養層も政治音痴/

鴎外と漱石に関する的外れな解釈/

ナチスを支持したドイツ文学者たち/

米軍が信じなかった日本による暗号解読/

戦後も残った教養主義/

西洋由来の教養を疑う/

 

脚注

クロード・レヴィ=ストロース - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3…C%E3%82%B9

日本の古来の文化を褒めちぎっている、らしい。

 

 

第六章 国家と教養
現代の民主主義国家で求められるのは「孤高の教養主義」ではない。大衆の現実を踏まえ、政治センスも伴った、真に血肉化された教養である。「教養の四本柱」を提示。

 

西洋崇拝の教養と決別する/

読書がなぜ大事なのか/

一篇の詩が人生を変えることもある/

論理の危うさ/

卑怯なことをしない/

歴史的展望で考える/

一つの論理だけで猪突猛進するな/

国民の未熟という根本問題/

民主主義国家では一人ひとりが十分な教養を持たねばならない/

人文的教養と社会的教養/

科学的教養と大衆文化教養/

西洋の古典よりも日本の大衆文化を/

教養の四本柱/「人文教養」「社会教養」「科学教養」「(日本の)大衆文化教養」

読書すれば現代の学生でも激変する/

 

脚注

オレンジ計画 - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AC%E3…8%E7%94%BB

 

 

 

 




民主主義国家を支えるのは広範な国民の「教養」が必要。
要は読書の勧めに尽きる。

「国民と教養」とでもした方が内容にはマッチしてる。


全然教養の無い安倍晋三が七年半も首相だったからなぁ~~~ D.E.

 


 
藤原正彦・インタビュー 本当の教養人だったら、こんな本は書かなかった〈『国家と教養』刊行記念〉
https://www.bookbang.jp/review/article/562013

 


 

小川洋子

 羅針盤としての教養
――藤原正彦『国家と教養』

https://www.bookbang.jp/review/article/563161


羅針盤としての教養

[レビュアー] 小川洋子

 

 本書を読み終え、まず浮かんできたのは、プトレマイオス一世が創設したアレクサンドリア図書館の一室で、写本に集中する写字生の横顔だ。彼は原本の文章を一字一字、パピルス紙に書き写してゆく。決して、急ぐことはできない。一文字ずつ、という速度に耐えながら、原本の地層を掘り進み、そこに隠された宝石をすくい上げる。彼の横顔には、世界の秘密に触れる喜びがあふれている。地層の奥深くから発せられる、教養という名の光が彼を照らしている。
 藤原さんは教養をキーワードにし、雄大な視点で西洋の歴史をたどりつつ、バブル崩壊後の日本社会に何が起こったか、主にアメリカとの関係から捉え直し、未来を見通している。私が最も重要だと感じたのは、教養とは何か、その言葉の定義に重きが置かれていない点である。言葉を定義するのに、どうせ言葉を使うしかないのであれば、そんなことは到底無理、無意味と、あっさり言い切ってしまうところから、すべてがスタートする。数学の厳密さに身を置く数学者ならではの大胆な割り切りである。
 窮屈な輪郭から解放された教養というキーワードは、歴史的事実、政治、経済、人物、文化、あらゆる事柄を自在に取り込み、思いがけないもの同士を結びつけ、新たな方角を指し示すことになる。つまり本書は、あらかじめ定められた枠に当てはまるか当てはまらないか、選別するための本でもなければ、教養を無闇に礼賛するだけの本でもない。その証拠に、二つの世界大戦で教養がいかに無力であったか、しっかりと分析がなされている。
 さて、私が教養の真の姿に最も近づけたと感じたのは、教養と並べて論理的な思考が置かれた時だった。


 『人間は論理的に考えるだけでは、物事の本質に到達することは決してできません。……教養という座標軸のない論理は自己正当化に過ぎず、座標軸のない判断は根無し草のように頼りないものです。』

 

 論理的であることは気分がいい。とりあえずは、その正しさに浸っていられる。いざとなれば、とりあえず、の但し書きだって、見て見ぬ振りで誤魔化せる。しかし、独りよがりに正しい方向ばかりへ進んでいると、いつの間にか落とし穴に落ちている。なぜか分からないままに過ちを犯している。はっとしても、もう手遅れだ。
 人間にとって本当に大切なものは、論理を超えた場所に隠れている。凝り固まった理屈の壁を突き破り、その場所にたどり着くための羅針盤になってくれるのが、教養なのだ。藤原さんが挙げている数々の事例の中で、そのことを最も見事に浮き彫りにしているのは、0の発見だろう。「何もない」という言葉の論理に惑わされず、「0がある」という見事な飛躍を成し遂げたインド人がいかに優秀だったか。ローマ数字に比べて圧倒的に優れているアラビア数字を見れば、明らかである。
 もう一つ、忘れてはならないのがユーモアの大切さだ。柔軟で、奥行きがあって、超然として、なおかつ人間的な温かさに裏打ちされた座標軸を持っていれば、自然とバランスの取れた大局から世界を眺められる。その余裕によってユーモアが生まれる。
「何もない? いや、0があるじゃないか」
 偉大な0の発見も、こんな軽やかなユーモアを隠し持っている気がする。
 もちろん藤原さんはご自身でもユーモア精神を存分に発揮している。生真面目な文章の折々に挟まれる、本筋とは無関係な、さほど必要とも思われない、はっきり言って余分な鉤括弧の情報に、何度クスクス笑ったことだろうか。
 紀元前の時代から今まで、人は教養によって自らの心を豊かなものにしようと努めてきたのかと思うと、人間という生きものがいとおしく感じられる。パピルス紙に向かう写字生の横顔は、きっと美しかったに違いない。

 


 
『国家と教養』|感想・レビュー・試し読み - 読書メーター
https://bookmeter.com/books/13357466

 

Amazon

https://www.amazon.co.jp/%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E3%81%A…ooghydr-22

 

Facebook

https://www.facebook.com/Double.Eagle.at.kachinet/p…9081980806


閲覧数79 カテゴリ時事、社会、政治、経済、教育 コメント1 投稿日時2020/10/13 11:54
公開範囲外部公開
コメント(1)
時系列表示返信表示日付順
  • 2020/10/17 10:31
    日本異質論

    リビジョニズム revisionism

    日本見直し論,日本異質論ともいい,親日的な日本解釈に異議を唱え,日本の経済的台頭にある種の警戒感をもって日本の社会や文化の異質性,特殊性を強調する考え方をさす。また,その論者をリビジョニストという。 1987年『フォーリン・アフェアーズ』誌に掲載された在日オランダ人記者 K.ファン・ウォルフレンの「ジャパン・プロブレム」を契機に広まった論議で,89年に入り特に活発化し,「日本はアメリカとは異質の国で価値観も異なり,自由貿易の考え方は通用しない」 (J.ファローズ) として,日本の政治・社会・経済構造自体にメスを突きつけた。日本の土壌に根ざす商慣行や生活態度など日本社会の基盤自体を問題とする日米構造協議は,アメリカ国内におけるリビジョニズムの台頭と波長を同じくするものと考えられる。

    日本見直し論。日本が、特に通商問題について他の欧米先進国と異なることを強調し、そのため異なる対応が必要という考え方

    https://kotobank.jp/word/%E3%83%AA%E3%83%93%E3%82%B…B.E5.85.B8
    次項有
  • 次項有コメントを送信
    閉じる
    名前 E-Mail
    URL:
■プロフィール
Double Eagle @kachinetさん
[一言]
初めまして。かちねっと(葛飾地域づくりネットワーク)から引っ越して…
■この日はどんな日
■最近のファイル
■最近のコメント
■最近の書き込み