僕の音楽ノート (14) 永遠のアイドル ロス・アンヘレス
2007年12月29日(土)
スペインのソプラノ歌手にヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレス(Victoria de los Angeles)という人がいた。この人は1923年にバルセロナで生まれ、2005年に生まれ故郷のバルセロナで没している(享年81歳)。 彼女の歌声を初めて聴いたのは、「6大プリマ・ドンナの芸術」という1枚のLPレコードで、その中には、ほかにシュワルツコップ、ニルソン、カラス、サザーランド、カバリエがそれぞれ得意な曲を歌っている。ロス・アンヘレスが歌っているのは、ファウストのマルグリートと椿姫のヴィオレッタのアリアであるが、これを聴いて以来、僕はすっかり彼女の虜になってしまった。理想のソプラノとして・・・、
マルグリートの清純さをこれほど見事に歌える歌手はこれからも出てこないだろうと思わせる。透明で柔らかい声、そして美しいフランス語の発音。これに比べると遙かに激しさが要求されるヴィオレッタでは、透明で柔らかい声に強さが加わる。声だけではない、その歌唱の確かさ、音楽性の豊かさには、ただただ聴き惚れるだけである。
その何年か後に彼女のリサイタルを聴きに行った。フェスティバル・ホールのかぶりつきの席で、化粧の匂いが漂ってきそうなところだった。当時、既に60歳を越えていたと思われるが、その美声はレコードで聴く全盛期の声と変わらなかった。
彼女は決して美人とは言えないが、丸顔でルノワールが描く少女のような愛くるしさがある。小柄でやや太った体をゆっくりとステージに現すと舞台はパッと明るくなる。プリマ・ドンナの貫禄である。しかし他の歌手と違うところは、ツンとしたところがないことである。一曲歌い終るたびに、ピアノに右手をかけ、ピアニスト(ジョフリー・パーソンズだったか?)の方を向いてにっこりと微笑む。その上品な笑顔と仕草は今も僕の目に焼きついている。こういうのを本当の貴婦人と言うのだろう。 当日何を歌ったかは忘れてしまったが、最後に何曲かのスペイン歌曲を歌った。この中には明らかに民謡と思われるものがあったが、さながら「水を得た魚」の感があった。 その後、彼女のCDを見つけて買った。DIVA Victoria de los Angeles 、この1枚の中には、前出の2曲のアリアも含まれているし、リサイタルのときと同様、最後に3曲のスペインの曲が入っている。ほかには、オテロやカルメン、蝶々夫人といった重い役や、ボエームなどが入っているが、セビリアの理髪師のロジーナというロッシーニ独特の軽い声が要求される役も見事にこなしている。
ロス・アンヘレスはオペラのほかにも歌曲も歌えば、宗教曲も歌う。フィッシャー・ディースカウと歌っているフォーレのレクイエム(指揮:クリュイタンス)は心洗われる名演だ。 オールラウンド・プレイヤーと言ってしまえばそれまでだが、その全てが超一流なのである。何という人だ。
DIVA Victoria de los Angeles のジャケット ロス・アンヘレスは今はいない。しかし一度だけではあるがその演奏に接することができたのは幸せなことであった。そして今もレコードでその声を聴くことができる。ロス・アンヘレスは、僕にとって永遠のアイドルである。
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カテゴリ連載読物
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投稿日時2007/12/29 11:19
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