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ステージ4の緩和ケア医が実践するがんを悪化させない試み(新潮選書)/山崎 章郎
目次
第二章 ステージ4の固形がんに対する標準治療の現実
第三章 「がん共存療法」の着想
第四章 DE糖質制限ケトン食
第五章 次なる戦略
第六章 「がん共存療法」の見直し
第七章 臨床試験に臨みたい
おわりに
「がん共存療法研究所」準備室 qaogw02895@yahoo.co.jp メールする際には全角の「@」を半角の「@」に直してください。 迷惑メール対策です。
認定特定非営利活動(NPO)法人
大腸がんステージ4、抗がん剤続けぬ選択 山崎章郎さん
2018年9月、大腸がんが見つかり、11月初め、手術を受けた。術後の病理検査でリンパ節に転移のあるステージ3の進行がんであることが判明し、5年生存率70%との説明を受けた。そして再発予防目的の術後抗がん剤治療の提案を受けた。5年生存率は80%になるとも言われた。
4クール終了時点で服薬継続の限界を感じ、1カ月の休薬を余儀なくされたが、減薬して5クール目から再開した。再び、休薬前同様の副作用が出現してきたが、7クール終了まで頑張った。
術後半年経過した翌年5月、コンピューター断層撮影装置(CT)検査を受けた。治療終了との返事を期待したCT検査の結果は両側肺の多発転移だった。愕然(がくぜん)として天を仰いだが、事実は事実、その日からがんの最終段階であるステージ4の大腸がん患者になったのだ。8クール目は中止となり、主治医からは、ステージ4の大腸がんに対する標準治療として、さらなる抗がん剤治療を提案されたが、即答はできなかった。
ところで、国立がん研究センターのホームページによれば、ステージ4の大腸がんに対する抗がん剤治療の目的は、治癒ではなく、症状緩和と延命であること、効果があっても数カ月から数年の延命であることが明記されている。また「千葉県がん情報ちばがんなび」によれば、抗がん剤は20%程度の奏効率でも、標準治療としての抗がん剤に認定されていることなどが記載されていた。
抗がん剤治療の現実や、私自身が体験した副作用の現実を熟考した私には、さらなる抗がん剤治療を選択する気持ちには、どうしてもなれなかった。
大腸がんで遠からぬ死、悔いなく生きる 山崎章郎さん 前回、過酷な抗がん剤治療の副作用に耐えた後に「ステージ4の大腸がん」になった私は、治癒を前提にはできないさらなる標準治療としての抗がん剤治療は選択しなかったことをお伝えした。
志を同じくした仲間たちと共に作り上げてきた「在宅緩和ケア」のための「ケアタウン小平チーム」のこと、家族や大切な知人たちのこと等考えるべきことは沢山(たくさん)あったが、お互いの想いを確認しあいながら、みんなが後悔しない時間にしたかった。
そして、私は、死んでいくだろう。だが、緩和ケア医として2500名を超える患者さんたちの人生の最後に同行してきた私にとって、死は恐れるべきものではなかった。
例えば、病状が悪化した結果としての死までに経験するだろう心身の苦痛は、適切な緩和ケアがあれば対処可能であることは分かっていた。
それに、死に直面した患者さんたちとのやり取りを通して、多くの患者さんが死後の世界を信じていることは分かっていたが、自身の死を実感するようになってからは、私も死後の世界の存在を願うようになっていた。
今は、死は現世と死後の世界の間の通過点にすぎないと考えている。だから、死そのものに対する不安や恐れもない。むしろ、死後に会えるであろう、先だった人々との再会を夢見ることも多くなった。両親、兄弟、友人、知人、旧交を温めたい人々が、次の世界にはいっぱいいる。
だがしかし、一方で、現世ではもう長くは一緒にはいられないだろう人々との時間が愛(いと)おしくもなってきた。
そして改めて思う。様々な治療の結果として、残念ながら、ステージ4の固形がん(大腸がんや肺がんなどのように塊を作るがん)になってしまったら、標準治療でも治癒を前提にはできず、遠からず死に直面する可能性が高いのだから、どのような治療を選ぶべきなのかを考える前に、限られた時間を、悔いなく生きるためには、どうしたら良いのかを考える方が優先事項だろう、と。
「がん難民」最優先課題に 山崎章郎さん
前回、私は、治癒を前提にはできない抗がん剤治療の現実や自らの副作用の経験を踏まえて、新たな抗がん剤治療は選択しなかったこと、今後はがんの自然経過に委ね、最期の日々を、自分らしく生きようと考えたこと、そして適切な緩和ケアを受けることができれば、死までの過程を恐れることはないこと等を書き述べた。
だが、こんなことを淡々と言えるのは、私が緩和ケア医で、人の死ぬ過程やその間の苦痛緩和の対処法を熟知しているからだと気が付いた。
治癒困難ながんになり、確実に死に向かう患者さんたちにとっては、病状が悪化していく中で、全て初めての経験をすることになる。不安と恐れに満ちた日々を過ごす人も多いだろう。
故に、ステージ4と診断された時点から、心身の不安や苦痛に向き合い、その人の尊厳を守るために、その死までの過程に同行する適切な緩和ケアは必要なのである。
ところで、固形がんでステージ4になった皆さんの中には、私同様、抗がん剤治療は選択したくない方もいるだろう。
しかし、公的医療保険の使える全身がん治療は、標準治療である抗がん剤治療に限られているし、転移病巣が限定されている場合の、局所的な切除手術や放射線治療もその対象になるが、それらも基本的には抗がん剤の併用が前提だ。
だから、抗がん剤は選択したくない患者さんたちが、公的医療保険に基づいたがん治療を受けることは難しい。
だが「抗がん剤治療は選択したくない」=「早く死にたい」わけではない。それ故、がん治療医からは、エビデンスがないと一蹴される代替療法や民間療法を探し求める人々も少なくない。
上述したような公的医療保険やがん医療の現状の前で、藁(わら)にも縋(すが)る想いで拠(よ)り所を求める人々は「がん難民」とも称されている。
私は、1990年、当時の一般病院の悲惨な終末期医療を変えるべく「病院で死ぬということ」(主婦の友社、96年に文春文庫)を世に出し、以来三十余年、緩和ケア一筋に生きてきた。
だが、がん当事者になった今、私が取り組むべき最優先課題は、上記「がん難民」問題に向き合い、その改善に取り組むことだと考えるようになった。
緩和ケア医 山崎章郎さん④
標準治療としての抗がん剤治療を選択しなかった私は、がん医療の現状の前で途方に暮れる「がん難民」とも言われる人々を支援する選択肢はないだろうかと、想いを巡らせた。結果「がん共存療法」に辿(たど)り着いた。
その概念は「がんが存在していても、増殖しなければ、すぐに命に関わることはない。故に、がんの増殖を抑制できれば、がんとの共存は可能である」というものである。
私は、この概念にあう治療法を探し求めた。代替療法と言われているものだが、その代替療法の中にも、がんの代謝特性に基づいた、実に理論的な取り組みがあることを知った。ただ、それらはエビデンスを求めることまではできていない取り組みでもあった。
ならば、がん患者当事者である私自身が、それらを自らの責任で、体験してみようと考えた。詳細は拙著「ステージ4の緩和ケア医が実践するがんを悪化させない試み」(新潮選書)を参照いただきたい。
2019年9月末より「がん共存療法」の確立を求めて幾つもの代替療法を試みてきたが、3か月ごとに行われるコンピューター断層撮影装置(CT)検査では、肺の転移病巣は、縮小と増大を繰り返していた。
直近1年間は、転移病巣は、増大することなく、縮小状態を維持しており、まさに「がんとの共存」を実現していることになる。
しかし、今のままでは「がん共存療法」は私の個人的な体験に基づいた一代替療法にすぎない。私の次なる役割はこの「がん共存療法」のエビデンスを求める事だろう。
現在、肺や肝臓に転移のあるステージ4の大腸がん患者さんを対象にした「がん共存療法」の臨床試験は、東京都下の病院の「生命倫理委員会」の承認を受けてプロジェクトチームが立ち上がり、その準備中だ。準備が整い次第公表されるだろう。
参加には幾つもの条件を満たす必要があり、誰もが参加できるわけではないが、ある財団からの資金助成も決定している。 私は「がん共存療法」が「がん難民」といわれる人々の力になれる日が来ることを目指して残された日々を歩み続けようと思う。
それが今の私の生きる道である。
やまざき・ふみお 1947年福島県出身。75年千葉大卒。聖ヨハネ会桜町病院ホスピス科部長、在宅診療専門のケアタウン小平クリニック院長などを歴任。認定NPO法人コミュニティケアリンク東京・理事長。主著に「病院で死ぬということ」など。
- 日本経済新聞
標準治療になんか拘らなければイイのに、 とも思うけれど、 保険適用だの高額医療費の補助だのがあるんだろうなぁ~~~ |