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2008年04月09日(水) 

 昨日の60おじさん様のブログを拝見し、別府鉄道のことを思い出しました。

 

 私が川重に入社して神戸に移ったのが1958年、今から50年前のことなのですが神戸より西の方にはほとんど行ったことがありませんでした。2年半ほど経って職場が今の明石工場、当時の川崎航空機の一角に移転し、明石まで通うようになってからもしばらくは西の方には行くことが有りませんでした。

 

 いつ頃のことかは全く頭に残っておりませんが、加古川や姫路方面に脚を延ばすようになってから、あるとき土山の駅から出ている支線のような線路を見つけました。その後、それが別府(ベフ)鉄道と言う私鉄であることを知りましたが、それでもなぜかその線に対する興味が湧かないまま何年かが過ぎて行きました。

 

 

 ところがあるとき、何のきっかけも無いのに突然別府鉄道を尋ねてみたくなりました。1977年8月のことでした。

 

 別府鉄道についての予備知識はゼロだったのですが、実際に見てみると神戸と言う大都市から一時間もかからないところに有る鉄道とは思えないほどひなびた鉄道に胸が躍ったことを憶えています。

 

 私は、まず野口線を見に行きました。このとき初めて分かったのですが、高砂線野口駅から別府港迄の野口線は気動車による客扱い列車が運行されていて貨物輸送は無いようでした。

 

 車体の前後に荷台が付いた小さな気動車がやって来ました。写真ではちょっと分かり難いかもしれませんが、車体の前に小さな荷台が付いています。荷台の付いた気動車など、かなりの田舎でしか見ることの出来ない車両です。このような車両をこのような所で見られるなど夢にも思っていなかった私はかなりの興奮を覚えたのでした。

 

 

 そのあと、土山駅・別府港間を走る土山線を訪れると、更なる興奮が待っていました。こちらは貨物輸送が主で客扱いはほとんど無く、貨物列車に小さな客車を一両だけ連結した、いわゆる混合列車が運行されていました。混合列車だってよほどの田舎に行かないと見ることなど出来ないと思っていた私は飛び上がりたいほどの気持ちでした。写真は、最後尾に小さな2軸の客車をつないで走る貨物列車です。客車がつないではあるものの、どうやらお客さんは乗っていない様子で、車掌さんが一人ポツンと座っている姿が印象的でした。

 

 

 私が再度別府鉄道を訪れたのは一年半後の79年2月でした。このときは何故か野口線の方にしか行かなかったみたいで、土山線の写真は残っていません。野口線には前回見たものよりずっと大型の気動車が走っていました。前回、別府港の車庫に留められていた気動車で、元は国鉄を走っていた車両です。写真は野口駅に停車中の気動車ですが、ホームの背の高い木が北海道のポプラの木のようで、とても気に入りました。この木は残っているのでしょうか。

 

 このときを最後に、別府鉄道を見ることは有りませんでした。でも、60おじさん様のブログを拝見してもう一度訪れる値打ち有りと感じ、いずれは行って見たいという気持ちが生まれています。

 

 


閲覧数12,029 カテゴリ日記 コメント4 投稿日時2008/04/09 17:58
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