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2006年12月29日(金) 
 土木構造物にもアクセサリーがほしい。これは僕の願いであり、一貫した主張でもあります。昭和初期までにつくられた土木構造物にはアクセサリーがいっぱい付いていました。それが、戦後ほとんど見られなくなりました。せちがらい世の中を象徴していると僕は思うのです。
 土木構造物のアクセサリーとはどういうものなのか、どんな効用があるのかをまとめてみました。添付のファイルを開いてください。pdfファイルが添付可能になったので、早速利用してみました。
閲覧数2,538 カテゴリ連載読物 コメント5 投稿日時2006/12/29 12:18
公開範囲外部公開
コメント(5)
時系列表示返信表示日付順
  • 2006/12/29 20:09
    昭和初期までにつくられた土木構造物にはアクセサリーがいっぱい付いていました>>
    味があってよろしーね^^

    明日は、わが家は、4家族寄って恒例のお餅つきを致します。
    では、よいお年をお迎えくださいませ
    来年も、どうぞよろしく~
    次項有
  • 2006/12/29 20:27
    鉛筆jamjamさん
    みやちゃん58さん、今年はブログを沢山読んでいただき、その上何度もコメントを頂戴し、ほんとにありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
    あなたもよいお年をお迎えください。
    次項有
  • 2006/12/29 23:03
    すぶたさん
    このようなアクセサリーが現在使われないのは
    芸術的なの価値を、すぐに金銭的な評価に置き換えてしまうからでしょうか?

    昔の建造物は本当に細部に意匠がこらされていて美しいと思います。
    次項有
  • 2006/12/30 07:11
    鉛筆jamjamさん
    >芸術的なの価値を、すぐに金銭的な評価に置き換えてしまうからでしょうか?

    すぶたさん、それもあるでしょうね。
    それを裏打ちするのが、戦後のアメリカナイズされた「合理主義」だったと僕は思うのです。
    合理主義自体は悪いことではありませんが、ものには「余裕」というものが必要だということを忘れてしまった。余裕は言い換えれば潤いで、アクセサリーはその余裕から生まれるものです。
    日本人は経済的余裕ができたけれども心の余裕を失ってしまった。みんな高いアクセサリーを身につけるようになったけれども、公共施設には要らないと言う。これもアメリカら入った個人主義が、《自分さえよければいい》という利己主義に変ってしまったからだと僕は思います。

    すぶたさん、今年はたくさんたくさんコメントをいただき、ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
    今日明日はお節料理に没頭しブログを書く暇がないかもしれないので、ちょっと早いですが、いい年をお迎えください。
    次項有
  • 2006/12/30 14:42
    すぶたさん
    jamjamさん

    楽しいブログありがとうございました。
    来年もよろしく、お願いします。
    良いお年をお迎えください。
    次項有
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定年退職して19年、しかし40年やってきた土木屋魂は未だに消えませ…
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