端的に謂えば前もってつくられたものを歌うのが歌手で、即興で詩を創って歌うのが パジャドールです。ゆえにパジャドールは即興詩人と訳されますが、吟遊詩人と訳され る場合もあり、これは旅から旅へのボヘミヤン的な生き様を指すのでしょう。アルゼンチ ンやウルグアイのパジャドール達はこれらに加えてコントラプントという歌合戦を行うのが パジャドール 慣わしです。ふたりのパジャドールが出会うと挨拶にはじまりやがて相手の弱味や欠点 を見抜いて挑発的な言葉で攻めます。攻められた方は黙ると負けですからそれを撥ね 返す言葉や謙虚に見せかけながら自分が優位であると応じたり相手の言葉じりを捉え てやり込めたり逆に相手の劣るところを衝いて攻勢に出ます。これらは全て形式の定ま った詩でのやりとりですから相当な機転が必要でしょうし広い知識や教養も求められま す。居合わせた聴衆は緊迫したやり取りを楽しみどちらかに軍配を上げ贔屓になり、敗 け知らずのパジャドールは天下にその名を轟かせることになるのです。アルゼンチンガ ウチョ文学の名作「マルティン・フィエロ」の主人公のパジャドールはかっては平和に暮 らす農民であったが徴兵により家族と引き離され辛苦を嘗め尽くした半生を語るのです。 本日のタンゴで登場願うホセ・ベティノッティ(José Betinotti)も パジャドールですが上に述べたような草原の雰囲気からは程遠く感じられます。彼は歌 手でもあり作曲や作詞もしました。タンゴ界の大詩人のひとりオメロ・マンシは親しみを込 めて二人称で「あなたは小柄でやせっぽちで青ざめた顔をしていましたね」と語りかけ「 ほとんどいつも黒づくめで、小さな折襟の上着を着て、白い喉下にはあなたのボヘミアン 的ロマンを弔う黒いリボンを垂らし、綺麗な額には栗色の気儘な前髪がエレガントにかか り」と謳いついでます。ではその端麗な容姿を写真でたしかめてください。 パジャドール、歌手 にして作詞・作曲家 ホセ・ベティノッティ ベティノッティはタンゴが産声を上げたばかりの1878年の7月25日にブエノス・アイレス 市で生まれました。本日のタンゴは、彼の作詞作曲になるセンティメント溢れる美しい歌 ”Pobre mi madre querida ポブレ・ミ・マドレ・ケリーダ / 貧しき我が愛する母”です。 ではいつものようにトドタンゴの音源で聴いてください。いつも陽気な歌いぶりのアルベ ルト・カスティージョが気分を変えて神妙に歌っています。 http://www.todotango.com/spanish/download/player.asp?id=1676 訳詩もいつものゴタンの中庭で見てください。 http://www.kitanoit.com/cgi/gotan.cgi?act=dsp&title=1368 |