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2009年02月12日(木) 

10年ぶりに手に取ったこの本色々な人々の人生に愛がある・・・・・

 《マニュエル・ガルシア》

 マニュエル・ガルシアは元気で、たのもしく近所でも働き者と評判の父親だった。

妻に、子供に、仕事に、将来、すべて計画どおりに運んでいた。

ある日、マニュエル・ガルシアは腹の痛みを訴え原因をしらべに診療所へ行った。

身体にはがんの細胞が自然の摂理を犯して広がっていた。

 そこでミルウォーキー郡のマニュエル・ガルシアは町の病院に入院した。

 とたんに39年の人生が砂時計のように流れ落ちていく思い。 

「どうすればいい?」とマニュエル・ガルシアは泣いた。

「基本的には2つある」と医者は宣告した。

「ほおっておけばすぐにも命取りになるが、治療は痛いし、治る保証もない・・・・・」 

こうして始まった、マニュエルの辛苦の日々----

薬づけの長い眠れぬ夜また夜、長くさびしい廊下に足音がこだまし、彼の時間と分とを刻んで消える。

 身体の中で何かが自分を蝕んでいると思うとマニュエル・ガルシアは絶望に目の前が暗くなった。

9週間の治療のあと、医者が来て言った。

「マニュエル、私たちはあらゆる手を尽くした。きみのがんはいま小康状態。ここからはきみしだいだ。」 

マニュエルは鏡を見た、悲しくおののく見たこともない顔。青ざめ、しわだらけで、さびしげにおびえている。

患い、見捨てられ、誰にも愛されていないおれ----

体重はわずか57キロで髪の毛もない。 

自分に先立たれた妻カルメンの60のときを思う。

父親のいない4人の幼な子はどうなる?

フリオの家でのカード遊びにも、もう行けまい。やりたいことはいろいろあったのに。 

退院の日、ベッドのまわりを動き回る足音に起こされ、マニュエルは目をあけたが、まだ夢の続きだと思った----

妻と4人の友人がそろってつるつる坊主だ。

 彼はまばたきして、信じられずに目をこらした。

ぴかぴかの頭が5つ並んでいる。

それでもまだみんな黙っていたがやがてみんな大笑いし、そして泣き出した。 病院の廊下は人々の声であふれた。

「友よ、おまえのためにしたことさ」と友人たちは言った。

彼を車椅子でつれだし、借りてきた車まで運んだ。「おれたちがついているよ」 

マニュエル・ガルシアは懐かしい町に帰りふた間のアパートのまえで車をおりた。

日曜だというのに、近所はいつになくさびれて見えたが彼は深呼吸して帽子をかぶり直した。 

だが家に入ろうとしたとたん、玄関のドアがぱっと開いて、マニュエルはなじみの顔また顔に囲まれていた---

懐かしい者たち、家族の友だち、50いくつもの顔がみなくりくりに剃った頭で言ったのだ「お帰りなさい!待ってたよ」 

だからマニュエル・ガルシアはがん患者で、父親で、夫で、隣人で、友人の彼はこみあげるものをこらえて言った。

「しゃべるのは苦手なおれだが、
これだけはどうしても言わせてくれ」 

「おれはこの頭でたまらなく孤独だった。
でも、いまはみんながおれの力になってくれてる。天に感謝するよ。
おれが必要とする力をくれたみんなに神の祝福あれ、
愛の意味を知ったこの人生、万歳。
おれが必要とした愛をくれたみんなに神の祝福あれ、
愛の意味を知ったこの人生、万歳」  
                        デヴィッド・ロス
  


閲覧数2,259 カテゴリこころのチキンスープ コメント2 投稿日時2009/02/12 16:45
公開範囲外部公開
コメント(2)
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  • 2009/02/16 13:55
    鉛筆んばさん
    すぶたさん☆
    今はずいぶん医学も進歩してきてガンは不治の病でもなくなりましたがこの頃は大変だったでしょうね。。。
    病気と闘うことは孤独では辛すぎますから
    次項有
  • 2009/02/12 18:10
    すぶたさん
    なんかじーんときてしまいます。
    次項有
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