12月9日 月下の恋人しがらみや。ええか、それはしがらみいうもんや。人は生きなあかん。極楽往生して、仏さんのおみあしに傅くまでな、一生懸命に生きなならん。恨みつらみは水に流し、恩や情けを岩に刻んで生きよなぞいうのんは、人生をなめくさっている人間の言うこっちゃ。生きるいうことはそないに甘いもんやない。恨みつらみも、恩も情けも、この先の長い人生の道を踏み惑わせる種になることに変わりはないんやで。人はみな、やや子のようにまっさらな気持ちで、たしかな一歩を踏まなあかん。その一歩一歩が人生や。恨みつらみも愛すればゆえ、恩も情けも愛するがゆえ、片っぽを流してもう片っぽをうまくせき止めるよな都合のええしがらみなんぞ、あるもんかいな」
『月下の恋人』(浅田次郎/著・光文社文庫)を読み終えました。浅田氏の小説集には月にまつわる話が多いですね。先日は『月島慕情』を読みましたし、ずいぶん前に読んだ『月のしずく』は私の最も好きな浅田作品です。泣かせあり、不思議な余韻を残す物語あり、十分に楽しませていただきました。浅田作品をして「あざとい」と非難する向きがあるようですが、そのような評価があるのは「小説の大衆食堂」を自認する浅田氏の巧さの裏返しではないでしょうか。
この「おそらく小説家の美意識が許すまい」の一言に浅田氏の小説に対する姿勢が垣間見える。 裏表紙の紹介文を引きます。
|