呉越と南京の旅10 少し間が空きましたがつづけます。 しばらく歩いてこの城外の町から離れてべつの橋を渡っていたときです。 橋の上に石工とか、土木などと書いた紙を前においた人々が立っていました。 失業者なんでしょう。なにしろ今の中国は数千万の失業者がいるそうです。 今の日本の就業者は4千万と言われています。それに匹敵する数の失業者がいるんですね。 橋にはそんな人が20人近く立っていました。ある意味での現在の中国の情況を表しているのでしょう。 城内に戻りしばらく歩いてました。後で知るのですが、このすぐ近くが李さんの家だったのです。 歩き疲れたので的士で北寺塔に向かいました。この塔は少し傾いていることから斜塔とも呼ばれています。 ここは以前に寒山寺に来たときに見ており登ってもいますから、省略して、近くの拙政園に行きます。この名の由来は普代の「閑居賦」の一節に「拙者之為政」とあり、意味は「愚か者がまつりごとを司る」ことだそうでそこから名前を付けたとされています。 入り口の近くには沢山の土産物屋があって、まるで園前市の様でした。園前市なんて初めて見ました。 園内は蘇州四大名園の一つだけあって、池にはおおくの橋があり、池を中心に三っに分けられています。 私は中国各地の庭園を見てきています。大きさでは北京の?和園で、濃厚度の高いのは上海の豫園です。ただし、私の好みからすればこの拙政園が一番好きです。 お庭巡りのついでにと滄浪亭にも回った。ここで、この最古の庭を見る余裕など無くなってしまったのです。一応中に入りましたが、気持ちは外の堀に行っておりさっと一巡りすると的士に乗り込みホテルへと戻りました。 実はこの庭の外の堀で釣りをしている何人かを見つけたからです。運河を何度も見ましたがとても釣りなど出来る水質ではなく、実際に釣りをしている人は一人も見かけませんでした。 今回の旅行にも釣り道具は持ってきていたのです。釣りは出来ないものとホテルに置いていたのでそれを取りに戻った次第です。 この滄浪亭はあの屈原が水の良いところと誉めたくらいですから、水質汚染の進んだ蘇州にも魚の住んでいる所として残っていたのでしょう。 ここの釣り師達は7,8名は見えるけど、堀はぐるりを取り囲んでいるから全部で何人居るのかは分からない。 しかし、彼らの装備は今まで中国各地で見た釣り師達のものとは明らかに違っていた。 北京などでは針金の先に糸を付けていたし、雲南省では竿など無く糸におもりと針を付けて、それを投げていた。 リ-ルは中国の発明だというのにそんな状態だった。 ところがここの釣り師はクラスフィバ-製と思われる振り出し式の竿を使っている。 それに竿置きまで使っているのです。竿先を水面に沈めてちょうど日本のヘラブナ釣りのスタイルなんです。 これはただ者ではないようです。いずれ名のある釣り師達やもしれません。 日本からの新参の釣り師としては一応ボスらしき貫禄があり釣りの姿勢からもベテランと思われる老人の隣に行き、「よろしいですか」と釣り竿を見せて場所の許可を得た。仕掛けを用意してから針先みせて「餌は」と聞くと「チュウイン」と答える。 とっさには分からなかったが釣り餌だからすぐに「蚯蚓」のことだと見当が付いた。 あいにくと蚯蚓は用意していない。海釣りの場合はゴカイだが神田の釣り道具屋がゴカイそっくりな疑似餌を作ってロッカイと名前を付けて売っているのは知っている。でも蚯蚓の疑似餌はあいにくと知らない。 ただし、淡水用の練り餌は腐らないようにチュ-ブ入りのがありそれを持ってきていた。 どうもここの釣り師の釣り方は合点が行かない。ヘラブナの様な孔雀の尾の羽根で出来た敏感なウキは使っていないし、小さい玉ウキを幾つも繋いでいる。ヘラブナは植物性の澱粉を口に入れたり出したりして食べるから餌が溶けたのまで分かるような敏感なウキを使う。 ところが、餌が蚯蚓ならそのような魚ではなく、別種の魚かもしれない。 でも、釣っている姿形はまさにヘラブナ釣り師のそれだった。 私のは唐辛子ウキだ。餌がチュ-ブに入っているので日本人はどんな釣り方をするのかと野次馬が私の回りに集まってきた。 黒山とはいわないが、十二、三人はいる。練り餌の効果は十分でウキが小刻みに動く、動くけれどもウキを引き込んだりはしない。 ウキが動きを止めると餌が無くなっている。そんなことを何度も繰り返している。ウキが動くたびに野次馬が「喰ってる、喰ってる」というように騒ぐ、少し五月蠅くなったので「中国的魚不吃、舐、舐」中国の魚は食べないで舐めるだけだ」と後を向いていうと皆大笑いしている。 隣の名人と思われる大人は余裕のある笑いをこちらに送っている。 その名人が突然竿を上げた、魚が抵抗している様子が水面の波で良くわかる。 タモにすくい上げた魚はちょっと大型の鮒の様な形ではあったけど見たことのない魚だった。 2時間頑張ったのにこちらは一匹も釣れない。日中釣り対決はどうやら向こうさんの勝利のようだ。名人はその後3匹も上げているのだから。 李さんと夕食の約束がある。残念だが竿をたたむことにした。餌と針と糸巻きを名人に進呈して握手をして別れた。 |