はじめまして~
いいお話きかれてよかったですね
わたしは、ずーっと前に テレビの講演をきいたことがあります。
>自分の鏡がそこにいる。
ほんとに、そーですネ
これからの生き方は 自分ためしのじかんだと思っています、あとがなぁ~い ^;
3月11日、たつの市赤とんぼホールにて開催された、水谷修さんの講演会に行ってきました。 数年前にも来られたとのこと、当時あとで知り、情報を漏らしていたのを惜しいことをしたと思っていたので、今回は!と、ムスメとハハ、女三代で出かけました。 てゆうか・・・ ムスメは学校にポスターが掲示してあったらしく、自分から「行きたい」と。 最初、彼女を誘う気はなかったのだけど。 行きたい、かあ~。 何か、思うことがあるのかね? 母ちゃん、それはそれで、心配だよ(^^; ともあれ、講演会。 基本、イケメンだあ~なんて、思ってましたが。 声もいいですね、水谷さん。 『豊』かよ?ちがうって。 すばらしい語り口なのに、語られる内容は非常に重い。 というか、とにかく自分の実体験に基づいているので、言葉にリアリティがある。 偽りなく、子どもたちと向き合い、共に時間を過ごしてきた重み。 魂のこもった、言霊を感じました。 私たちオトナが子どもたちを追い込んでいる。 それは周知の事実でしょう。 しかし、知っているからといって、何か変化を起こすために行動したでしょうか? 言葉だけ、わかったようなふり、では何も変わらない。 まずは何かをはじめてみること。 一人一人の意識が必要。 でも、そんな難しいことではなくて。 家庭の中で、挨拶をする、やさしい言葉かけをする、そんなことを続けるだけでいい。 自分が認められる、ということが自覚できる行為は、「挨拶をする」ということだけで、出来ることで。 夜の住人の話。 子どもを取りつく、闇の世界。 子どもが抱える、ココロの闇。 全て、オトナによって作り出された状態なのです。 HIDEBOMは夜回りはできませんが。 「わかっている」(つもりの)オトナとして。 行動こそが理解しているということの表現である。 水谷さんほどの覚悟は出来ませんが。 身近な人たち、面と接している人たちにだけでも。 小さな行動をしていきたい、と改めて思いました。 何と言っても、ムスメも一緒に聞いたし! HIDEBOMは幼少の頃、オトナの欺瞞が目に付いてしょうがなかったことを思い出しました。 立派なことを言いながら、テメーはどうなんだ?と。 言葉と行動が一致しない人は信用しない、というのは昔からだったなあ~。 だから、HIDEBOMは寡黙になりました(!?) 教育学でも、どういう子どもにしたいか?思うように、親は行動しなければならないと学び、それを課してきました。 100%は無理だけれども、C.ロジャーズ曰く、その方向に進もうとする姿が大事だと、慰めに、言い訳にしながら生きてきました。 彼女の姿こそが、HIDEBOMの生き様だな~。 ある意味、ありがたいことです、自分の鏡がそこにいる。 彼女を見ながら、HIDEBOM自分自身を見ている。 ムスメに恥じない生き方、というよりも、ムスメにとって望ましい生き方、人生を示しつつ、HIDEBOMもその方向へ進んでいかねばならんなあ~と、思いを新たにしました。 水谷さん、体調がよろしくないとのこと、命のろうそくを精一杯燃やしているように見えました。 「生きている」ということだけで。 彼の生はそんないい加減なものではないけれど、誰の生も意味と価値がある。 彼の姿、真剣に生きているオトナに接することも、子どもたちには何よりの教科書だと思います。 HIDEBOMもムスメにも、近くの子どもたちにも、何らかの学びを得る人間であるように、これからはハラくくらなイカンなあ~と。 生物としての使命は一応は終わった今、人間として、社会的生物として生きていくこれからは、社会に対して何が出来るのか?考える年になってきたことも実感しています。 色々な気づきをありがとうございました。 龍野JCさん、これからもすばらしい講演会をよろしくお願いいたします。 |