8月1日(土)~2日(日) 水根集落公民館前広場 さよう子どもアートスクール(生涯学習課) 指導 岡本進一 野村直城 奥村絵美 横山和之 中村剛彰 平尾一好 黒野丈治 協力 石井地域づくり協議会 南光てづくり文化スタッフ 吉富瓦産業(株) ★ さよう子どもアートスクールと佐用在住アーチスト コラボのいきさつ 小さからぬ反響を呼んだ佐用町作家会EarthWormという渦は消失しましたが、渦を出現させていた粒子の一つ一つは今も元気にスピンし続けています。そしてスピンは相互作用します。なぜならそれがスピンだからです。 相互作用は力よりも一般的で基礎的なコンセプトですね。アートという潜在力が引き起こす大渦のごとき事象は、その流れのそこここに大小さまざまな小渦を生成消滅させ続けます。それらすべてのスピンが引き合い反発し合い融合し合い分裂し合いながら大渦を現象させているのです。 ところで、いまここで語られているのは〝運動movement〟についてなのです。アートという〝運動〟の停滞として物象化したもの、それが作品です。作品がアートと錯視されるようになった経緯については、また別な機会にお話ししたいと思います。いまはアートとは作品の事ではなく〝運動〟なのだ という事に心を止めてください。 『泥まみれ泥んこハウス大作戦』はアートを作品へと停滞・閉塞させようとするネガティブな習慣力から感性を 解放する試みであるとも言えます。その方法として〝身体性〟 『からだを感じること。』 の回復を、つまり頭(概念)で考える事、つまり言語からの再テイク・オフを目指します。そのためには〝上手に作ろう〟なんてこと言ってられないくらい大きくて、大汗かいて、大汚 れで、大疲れしてしまうようなのがいいのです。 「なんかそんなことできないやろか」 とか考えていると、なんとアートスクールでも似たよ うな事を漠然と考えていたらしいのです。もちろん私たちアーチストとアートスクールの問題意識はその出自においてすでに少なからぬ差異を内包していることは明らかですし、具体的なプランがアートスクールからあったわけでもありませんが。まあそれならそれで、この差異を肯定的に相互作用させてみましょう。なんとなればその要素間の差異が、また差異と差異の関係が個々の要素の意味を産み出すだろうからです。なんであれとりあえずは始めてみましょう。 本プロジェクトに関与するすべての人の相互作用こそが「泥まみれ泥んこハウス大作戦」という〝場〟を出現させるのです。そしてこの〝場〟の中で新たな個々の意味が生まれるでしょう。それがアートです。 最後になりますが皆様の心のこもったご協力に深く感謝いたします。 ではおおいにアートを楽しみましょう! |