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2007年09月24日(月) 
今年もあと2月もしたら、
42.195Kmするのに、
なかなかコンスタントに“キロ6分”がでてこない。

この暑さのせいだ!と云いたい。。けど。

バーのマスターが云ってた。
「50を越えるとガクッと落ちるよ。」

いうことで、、タマには気分転換。
“辺境”-須磨ハイランドを飛び出し、
いつも裏から見ている須磨アルプスの南、
明るい日射しの須磨ダウンタウン・海岸通に“遠征”だ。
***********************

我が家のある須磨・名谷団地、標高140㍍から、
⇒北須磨団地(標高120㍍)⇒東急須磨山手台(90㍍)
⇒高倉台団地(150㍍)と開発団地を辿って南下し、
ちょうど第二神明料金所の下あたりで、須磨アルプスを抜けて、
歴史のまち・須磨本区におりていく。

***********************

9月のすえ、土曜の午後3時半。
まだまだ、照りつけは暑くて、
街路樹に守られた緑道に入るとホッとする。

地下鉄名谷駅前を通って9分、ホームグラウンドを離れ、
育英高校のグランド脇の緑道から北須磨団地に入り、
“タンク山”を左脇をすり抜け、バス通りを横切る。
昭和39年、ここらでは一番先輩格の団地で、
労働者住宅生協や労働金庫の手で開発された。

だいぶ住宅の建て替えがすすんだ街は、
まちづくり協定のお陰で静かに落ちついてかんじる。
いまでも、JR須磨からここまでは200円で
直行の市バスが上がってくる。
たぶん、古参団地の名残り。

この団地を4分ほどで縦断すると、
豊かな森と、懐かしい谷筋風景が見えてくる。
多井畑厄除八幡宮(たいのはた)の杜を中心に、
西が多井畑集落、東に隣接するのが17haの奥須磨公園。
その手前、東側から浸食してきた新興団地が調整池でつきるあたり、
福田川の源流が西に流れ出し、ささやかな田畑がはりついている。
須磨区では、ここ多井畑と、白川本村でしか見ることとができない風景。
なにがそうさせたのか、分からないけど、
住宅開発と、それを結ぶ都市計画道路、高速道でズタズタになりながら、
かろうじて残ってる。

奥須磨公園を裏から入って、
大階段、遊具広場を通って、中央園路を右にとると、
厄神さんの表参道にでる。
鳥居の前の交差点を囲んで、
昔ながらの丸時計がおかれた市バスの折り返し広場や、
四角いコンクリート箱の交番、
いまはほとんど店を開けることがない、
よろず屋ふうの店舗がたたずむ。
そして火見櫓も見える。
多井畑集落の玄関口。

多井畑厄神は、なんと“日本最古”の厄除けの霊地だそうな。
まぁ、厄神さんって、関西以外であまり聞かないから、
そんなこともあるかも。。。

ここまで21分。
せっかくだから、ちょっとだけお詣り。。

さてと、、、
一つひとつの住戸はきれいだけど、
街全体がいささか埃っぽくかんじる
民間開発団地のメインストリートをすこし南に走ってから左にとる。
やれやれ、この一本みちで、
90㍍まで下りてきた標高をもとに戻さなきゃならない。
しんどいときは、一歩いっぽ、足を前に置くことだけを考える。
8分30秒。
団地境の階段を上がりきったところが標高150㍍。
須磨アルプス最高峰、高倉山(標高291㍍)を切り崩してできた高倉台団地だ。
昭和48年に入居がはじまったという。

平らなみちに一息ついて、
須磨一ノ谷・JR須磨と地下鉄妙法寺駅をむすぶ市バスが
頻繁に行き交う団地内道路をトコトコと走る。
高倉台8丁目のバス停をすぎるあたりから、突然の“とおり雨”。
歳月を経た街路樹からは時折、雨しずくが落ちてくる
歩行者専用緑道をしめすカラー舗装が雨に濡れて、心地よい。

須磨アルプスの西側の“けずりかす”おらが山のふもとで
六甲山全山縦走ルートの下をくぐって、南に回り込むこと、5分。
高倉台1丁目で須磨ハイランドに別れを告げる。

ひとが通らないよう、ガードレールが張られ、
フェンスが巡らされた団地の南境。
うすっぺらな灌木の向こう、崖ごしに第2神明道路の須磨料金所が見える。
厳重なフェンスなんだけれど、
そのネットにまぁるい穴が開いている。
ガードレールの隙間から“穴”をくぐって、
細々とした、しかし確固たる“踏み分けみち”がつづいている。
これが、須磨本区、ダウンタウンに歩いておりる近道なのだ。

杣道は、すぐにコンクリートの階段に合流し、
そのまま、日の射さない自動車専用道の架橋下へ。
ここからは千森川沿いの急な谷間みち。
春は桜がきれいだ。
もちろん、くるまはとおれない。
坂にまかせて転げおちていくこと、2分。
とつぜん視界がひらけ
須磨本区の町並みと須磨のうみが目の前にせり上がる。

僕はいつも、ここにくると立ち止まってしまう。

西は、須磨のヨットハーバーから、
少年Hで空襲を受け燃えさかった油槽所あと、外浜町
その向こうには、長田区の駒ヶ林南町がつづく。
東は、鉢伏山の断崖が海に崩れ落ちるみどりに縁取られた
潮見台、一ノ谷の住宅街。
そして、圧倒的な“うみ”
神戸港に停泊する貨物船、神戸空港の誘導灯、淡路島や明石大橋、
正面には、うっすらと紀伊山脈が望める。


【旧神明道路に架かる歩道橋から須磨のまち、西の方をのぞむ】


まあこれも、ここまで走ってきたご褒美だよね。

須磨寺の西側、“すまうみ”を眼下に望む住宅地をさらに下っていく。
このあたりは、この前の戦災や震災でも、おおきな火を受けることがなかった。
大正9年、武庫郡から神戸市に編入されて以来培ってきた、
歴史のふるさと、関西の避暑地の雰囲気がいまなお残っている。
須磨寺の参道から一ノ谷に通じる桜並木を横切ってしまうと、
よそものが、気やすく車を入れることのできるみちはなくなる。
関守町の狭い路地を、迷わないよう、注意深く、
右に、左に曲がり、下界をめざす。

今回はうまくいった。。

【坂のしたに山陽電車須磨駅で特急を待つ普通電車が見える】

最後に、両側を住宅に挟まれた、
幅1メートル半ほどの急坂を駆け下り、
山陽電車の須磨駅ホーム下の隧道をくぐると、
国道2号線に面した須磨浦通5丁目にでた。
ここまで、しめて52分。

線路をまたぐJR須磨駅の
砂浜にはりだした2階のバルコニーで
サイダーを1本飲み干す。
水際まで50㍍ほどだが、
その中には取り込まれない境目の、
とってもイイ場所。

シーズンを終えたばかりの海岸。
日も傾きかけた、この時間帯なら、
傍若無人な焼き肉のにおいも、煙もない。
防潮堤のこちらには水上バイクやウインドサーフィン、
向こうにはヨット、さらに沖合を内海貨物船が行き交う。
そんな風景を横目でみながら、
砂浜に赤煉瓦をしきつめたプロムナードを走る。

千森川河口から妙法寺川河口までわずか1.5㌔ほどだが、
阪神間で数少ない、白砂青松。ゆっくり10分。

海岸がヨットハーバーの擁壁で遮られたところで砂浜をはなれ、
水族園の東で国道2号を渡って須磨のまちに戻ってゆく。

若宮町(わかみや)、衣掛町(きぬがけ)、磯馴町(いそなれ)、
村雨町(むらさめ)、松風町(まつかぜ)、行幸町(みゆき)、
天神町(てんじん)、月見山町(つきみやま)、離宮前町(りきゅうまえ)、
走りながら町名をたどるだけで嬉しくなってしまう。

西国街道、須磨本町に近いこのあたりも
普通のくるまが入れない路地がたくさん残る。
そんな路地をすこしづつたどりながら、
山裾に近づいていく。
“庶民的”な山陽電車の歩行者しか渡れない踏切から、
月見山駅のささやかなホームが見えたりするもうれしい。

でも震災復興でこのまちは変わろうとしている。
月見山駅南でとぎれていた中央幹線が西伸し、
国道2号につながる。
まちの利便性、安全性は格段によくなる。
イイことに違いない。

でもこれで、須磨寺と網敷天満宮をつなぐ智慧の道は
木漏れ日の森林がとつぜん真ん中だけ伐採されたように、
植生(おもむき)を変えるだろうな、ともおもう。

まちは、決して、ひとところにとどまることはない。

月見山町の路地をゴソゴソしながら、
15分ほどで離宮道に出てきた。

曇り空がそのまま、夕方を迎え、
離宮道では、
北へ登っていく五葉松並木と
正面の離宮公園の杜の深い緑に縁取りされ、
須磨離宮公園前の交差点で
信号待ちをする車のテールランプの赤い列が浮かび上がる。
ぼくは、その外側、白いタイルの歩道をうねうねと登って行く。

ここまで、1時間24分。
あとは、出発点まで登るだけ。


【離宮公園前交差点歩道橋から離宮道を南にのぞむ
 うみのうえには、うっすらと紀伊半島が、、】

特にこれから、離宮前、県立こども病院、高倉台5丁目の池の上交差点までの2㌔ほどで、
標高を130㍍ほどを稼ぐ。
くるまが走る道はホントに容赦がない。
エンジンがついてるやつはいいけどね。。
結局、18分かかった。

急坂を登ってしまえば、
あとは、伸ばした巻尺を巻き取るだけ。
“マラソン走るのなら、下りがつづけば、登って戻るのが当たり前。
 福知山の最後もキツイよ”
“もしかしたら、残りの人生だってね”
そんな、得体の知れない言葉で自分を励ましつつ。。

あしをまえにだした分だけ、必ず残りは少なくなる。
立ち止まれば、残りは減らない。
それだけのこと。
淡々と、たどり着くまで壊れないよう
ごまかし誤魔化し、生かさず殺さず。。。
********************

さいごに須磨PATIOのフライドポテトの臭いに顔をしかめて、
ようやく家にたどりついたのは、6時前だった。
しめて2時間16分28秒。
17㌔ほどだから、キロ8分。
こりゃ、やっぱりダメだ。。










閲覧数3,870 カテゴリクチコミ情報 コメント2 投稿日時2007/09/24 21:38
公開範囲外部公開
コメント(2)
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  • 2007/09/27 12:56
    Y隊長さん
    おつかれさまでーす。すごーい!アップダウンのランニングはきついですものねー
    さすがです。若いなー(笑)
    僕は近所をウォーキングでも精一杯ですよ
    次項有
  • 2007/09/27 22:53
    Y隊長 さま

     お元気ですか。
     オータムフェスティバルもあと2月ほどですね。
     昨年、うかがったときのことが、僕のひょこむ初ブログでした。
     頑張ってください。

     龍野で走るなら、やっぱり、鶏籠山とふもとの霞城町界隈でしょうか。 
     昨年のFK2で泊めてもらった赤とんぼ荘発で、
     童話の小道から、すくね茶屋、聚遠亭、お城経由でまちに下りて、旭橋と龍野橋で川を往復して、最後は龍高の西の道を登って、戻る。 
     なんて、おもしろそう。。
    次項有
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「地域再発見」をキーワードに、浅く、広く、楽しみながらで。。
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