パキータ・ベルナルド(Paquita Bernardo) https://www.todotango.com/creadores/biografia/318/P…-Bernardo/ は廿世紀が始まった1900年の5月1日にブエノスアイレス市で生まれました。 幼い頃から音楽を愛し公言してきて15歳のとき、両親はピアノを学ばせようと音楽院へ入れました。そこでバンドネオンを見つけ気に入り猛勉強を始め、人気のあるアンサンブルに参加演奏し腕をあげました。 オーケストラを指揮する訓練も受け21歳のとき、弟のアルトゥーロや5歳年下のエルビーノ・バルダロやオズバルド・プグリエーセを含む若い演奏家ばかりで6人編成のオルケスタ・パキータを立ち上げました。 デビューはコリエンテス通りのカフェ・ドミンゲスで、演奏のある土曜の夜は大勢のファンや野次馬でカフェの前の通りが埋まってしまい警察は迂回路を設けなければなりませんでした。 ここで突然ですが、本日のタンゴの紹介です。インストゥルメントですがカブキの大好きな「カフェ・ドミンゲス」です。まず作曲者アンヘル・ダゴスティーノの楽団の演奏で聴いてください。 https://www.youtube.com/watch?v=46uIf2VZZ2M&t=31s 以降のこの曲の演奏はどの楽団もダゴスティーノのアレンジとぴったり同じにカブキは感じるのですが、最近になって変わってきたように思います。といっても単純で、音符を間引くというのかそぎ落としたと表現するのか、こんな具合です。 https://youtu.be/Zub0MsHleQY パキータに戻りますが、彼女はまた優れた作曲家でもありデビュー曲のフローレアル以降全部で15作品を発表しましたが自身では録音をおこなっておらず同時代の優れた演奏家によって吹き込まれたものが残っています。 第一作目のフローレアルはコビアンが、フィルポはカチートを、ガルデルはラ・エンマスカラーダとソニャンドを録音しました。ソニャンドは1924年の終わりに開催された第一回タンゴ・コンテストで6位に入賞しました。 ではソニャンドを聴いてみましょう。 https://youtu.be/d87ATlZpWIs ガルデルの演唱で https://youtu.be/i7N84X2p8HY トリオ・ラバンディーナで 6位なのに聴衆はアンコールを繰り返し、司会者が止めても言うことを聞かなかったそうです。不満を漏らすフィルポにガルデルは言ったそうです。「マエストロ、大衆が主権者です。私たちはパキータがバンドネオンを支配した唯一の女性であることを心に留めておかなければなりませんね」と。 それから半年も経たない1925年の4月、パキータは25歳の誕生日を目前にインフルエンザをこじらせた結果あっけなく旅立ちました。 |