砂田麻美監督のデビュー作『エンディングノート』 主人公は実の父・砂田知昭さん(享年69)。 「段取り命」を肝に銘じてサラリーマン人生を颯爽と走り抜けた砂田さん。 ところが、退職後にガンが見付かります。 そこから亡くなるまでを末娘がカメラで追ったドキュメンタリー映画です。 化学関連企業で営業畑を歩んだ砂田さんは、たくさんの【或る光景】を見て来たはずです。 家族の死に際してゴタゴタが巻き起こり、残された家族が右往左往させられ悲しみに沈んでいる光景を。 砂田さんは、残して逝く自分の家族にはゴタゴタがなるべく起こらないように段取りを万全にして妻子や孫に見守られてカッコウ良くあの世へ逝きたいと思ったのでしょう。 ナレーションも担当している砂田麻美監督は、この映画の中で砂田知昭さんの気持ちを代弁してこう言います。 「上手に死ねるでしょうか?」 「自分の人生をチャンとデッサンしておかないと、残された家族が困る。」 砂田知昭さんのこの奮闘によって、映画「エンディングノート」は【幸せな】オヤジの最期の姿を見事に残す事ができました。 しかし、砂田さんの最期の姿は【特別に幸せな】最期であって、誰でもが迎える事ができる最期の姿ではないと思います。 このドキュメンタリー映画の中で、砂田さんは「苦しむ姿」をほとんど見せていません。 「苦しむ姿」がわずかに垣間見えるのは次のシーンです。 ・いよいよ残り時間が少なくなった砂田さんと奥様の「夫婦のお話」を撮影しないで欲しいと娘に頼みます。 →それでも末娘は父母にカメラを向けて撮影を続けています。しかし、数秒後音声はフェードアウトし映像もやがて消え、次のシーンに切り替わります。 ・主治医の先生に「処方されたお薬はキチンと飲んでいますが夜眠れない日々が続いています。何とかならないものでしょうか?」と辛そうに尋ねます。 この映画は時に館内に笑いが起こるくらい明るく淡々と描かれています。 しかし、砂田さんの死を意識せざるを得ない闘病生活には、辛い事が沢山あったはずです。 その辛さを出来る限り家族には見せないように頑張り続ける能力と気概が砂田さんには備わっていたのでしょう。 砂田さんの家族の方々も、息子であり夫であり父である砂田さんの辛さに気が付かない訳がありません。 果たして、映画「エンディングノート」は砂田知昭さんの死に際しての砂田家の人々の全てを描いているのでしょうか? もしかしたら、ドキュメンタリー映画として公表しなかった場面が幾つかあったのかもしれません。あるいは、無かったかもしれません。(カメラを向ける事ができなかったかも・・・?) しかし、砂田知昭さんの辛さを分かった上で、出来る限り平静を維持できる人達だった事は嘘偽りは無いと思います。 つまり、砂田知昭さん一家のような「死の迎え方」は誰でもが普通に出来る事ではなく、稀に実現される【特別に幸せな】最期の姿なのではないでしょうか? この「エンディングノート」は、そんな【特別に幸せな】最期の姿を私達に垣間見せてくれたのだと思います。 この映画は、スペインで催された第59回サン・セバスティアン国際映画祭新人監督部門にエントリーされました。 上映後、砂田麻美監督と観客との質疑応答で次のような質問が出たそうです。 「(ユーモラスに描いている事から)これは死を皮肉っているのか?カメラを回すのではなく他に家族がすべきことがあったのでは?」 この質問に答えた砂田麻美さんの言葉は見事です。 http://www.cinematoday.jp/page/N0035628 砂田知昭さんのご冥福を心より祈ります。 |