白鳥と仲良しなんていいな、と思われた方、白鳥に対する美しいイメージを壊して申し訳ないけど、この鳥は外観はともかく振舞の方は実に生意気で粗暴なんですよ。 大分以前にかちねっとのブログで、ザルツブルク州はヴォルフガング湖の図々しい白鳥について書いたことがあるが、新しいトモダチも多いので、改めて。 さてさて。 金曜日の午後おそくホテルに着いて、目の前に広がる湖をざっと眺めた亭主が開口一番。 「君のお友達がいないね。」 時折小雨の降る天気で寒いし、ホテル宿泊客も見たところ(駐車場の車の数からして)少ないし、餌をねだりに来る気にはならないのだろうと思いつつ、あのがさつな白鳥一家が見当たらないのはやはり寂しい。 翌土曜日の午後は、その朝のドライブで疲れた半病人の亭主のそばで新聞・雑誌を読むのにも飽きたので、立ち上がって「散歩に行く!」と宣言した。 亭主は散歩が趣味で、よく一緒に行こうと誘われるが、私は意味もなく歩くのは子供のころから好きではない。花を摘むとか昆虫採集とか、あるいはスケッチとか、今なら写真を撮るなど、何か「目的」があれば出かけるのだけれど。 それを知っている亭主が「もしかして、白鳥に会いに行くの?」と訊くので、うん、と答えると「それじゃ餌を持って行かないと」という。 「もちろんよ、だから今朝の土曜市でラスクを買ったんだから」と私。 そのラスクは日本のそれのように砂糖をまぶしてはおらず、ヘーゼルナッツとクルミ入りのパンで作ったものなのでそれ自体ほんのり甘く、しかも固さが適度なのが気に入って買ったのだった。 ということで、夕食までには帰るから、とラスクとカメラをもって一人で出発。 白鳥はホテルの前の水域に姿を現すことはなくても、湖の奥、入江の近くで泳いでいることがよくある。 そちらに向かって3キロほど歩いていく途中では見かけなかったが、湖の端近くに来たとき、向うの方に一羽が泳いでいるのを見えた。 「白鳥さーん、餌もって来たよ~」とラスクの袋をかかげたが、こちらの方を見るものの動かない。それで一つ二つを取りだして水に投げると、スーッと泳いできた(写真1)。 その配偶者の姿はあたりに見当たらない。 お菓子を全部与えては多すぎるし、明日にも取っておきたいので、3分の1くらいを投げてやったあと、「またね」と言ってさらに数百メートル進んでから引返した。 帰り路、見ると白鳥は同じ場所にいて、ふいに水に潜ったと思うと、何かをくわえて出てきた。くちばしに挟まれて生き物が動いている。 目を凝らすと、動いているのは手足らしい。あ~、蛙だあ。 悪食野郎め、あんなおいしいラスクを食べた後で!と呆れつつ、そのままホテルに帰った。 少しして湖に面したホテルのレストランで食事をしていると、お、例の白鳥がやってきた。 私がホテルに泊まっていることを知って、自分から会いに来たのだ。 ええ、もちろん、目当ては餌に決まっています。動物は勘が鋭いから、誰が気前よく餌をくれるかほんの数秒で見抜く。だから私がホテルに宿泊していると毎日やって来る。 私のことなんか別に愛していないのは分かっていますよ。でもいいの、私は貢ぐ女、尽くすタイプですから。 しかしラスクはたっぷり与えたし、大きな蛙だって食べたし、今日はもう餌はおしまい、と決めて知らん顔をして食事していると、なんと水から上がってきた。 そしてレストランと湖の間にある小道をわたろうとする。ご存じない方のためにお教えすると、陸に上がった白鳥というのはかなり無様である。 いや、泳いでいるときの優雅な姿に比して、という意味で、まあ首の長いアヒルと思えばいいのだが、陸上ではその首の長さすら不格好に見える(写真2)。 そこへ、散歩を終えた老夫婦が小さな犬を連れて帰ってきた。 犬は白いコッカスパニエルで、白鳥の姿を見るとぎょっとした様子で立ち止まった。 白鳥は犬になど目もくれない。 そうなると犬にもコケンがあるのか、小さく形だけ吠えた。 すると白鳥は、フワ―と思いきりその羽を膨らませた。猫が敵を威嚇するときのように、自分を大きく見せているのである。 その見せかけの大きさと鳥の勢いに、犬の方はコケンも忘れて後ずさりした。 上品な老夫婦は、仕方なく怯える犬を引っ張ってレストランと小道の間にある芝生に入り、回り道してホテル・レストランの入り口の方に歩いて来る。 私たちはその光景に笑い転げていたが、ワインをもってきたウェイターのフロリアン君がそれを見て、慌てて外に出て行き、しっしっと鳥を追いやった。 白鳥はあたりを走り回ってなかなか去ろうとしないので、フロリアン君はとうとう鳥を掴み、どぼんと水中に投げた。 彼にしてみれば、老夫婦はもちろん犬さえもホテルの顧客だから、白鳥の無礼な振舞を放っておくわけにはいかなかったのだろう。 翌日は亭主も微熱が取れたので散歩に行くといい出し、二人で歩いて行くと、昨日は気づかなかったが入江のほとりの小屋の横に白鳥が座っているのを見つけた。 草むらに生んだ卵をあたためているらしい。 むしろその雌のほうに餌を与えたかったが、邪魔してはいけないと亭主どんがいうので、その近くでまたまたうろついていた雄を見つけて、再び3分の1のラスクを提供。 雨もすっかり上がって、静かな日曜日の夕暮れだった(写真3)。 その日の夕食時には白鳥はやって来なかった。というのは、近辺の町村の狩猟協会がホテルでパーティを催し、鳥の方は彼らが狩猟家であることに怯えたというより、音楽の演奏などで特に吹奏楽器がやかましいので、恐れをなしたようだ。 しかし翌朝、私たちが出発するころに雄がまたやってきた。私にお別れを言うために。いえ、私から最後のラスクをもらうために。女の真心を利用して、まったく計算高い男だ。 でも夏には亭主がオーストリアの顧客訪問を予定しているので、その時またこのホテルに泊まれば、今度は卵から孵って大きくなった2羽か3羽の子白鳥とともに一家で迎えてくれるだろう。 ええ、ええ、もちろん餌目当てですよ、分かっています。 |