> さいごくくんさん
良い写真でしょう。でも私が撮ったものではないんです。拝借しているものです。
肩を並べてゆっくりと歩く二人は、しばらく無言だった。 秋ももう終盤で、木々の紅葉も燃え尽きる命の最後の煌めきのように見えた。 「燃えるようね」有里は溜息のようにつぶやいた。 「そうだね」一息おいて高志が答えた。 さくさくと落ち葉を踏む音だけが聞こえる。そんな静寂があたりを包んでいた。 有里は着物姿の和装だった。高志と時間を過ごすのが何年ぶりになるのか、鏡を見ながら整えてきた和装だった。 高志と別れたのは、もう20数年も前になる。 幼なじみで近所のガキ大将の高志は、控えめで物静かな有里を可愛がってくれた。 歳は3つ離れていたので、ちょうどお兄ちゃんが妹をいたわる感覚だったのかもしれない。 有里が小学校の頃は、すでに周りの少女達からは際立って見える美しさを備えていた。 やんちゃで乱暴者で通っていた高志が、近所だと言う理由からだけではなかったのだろうが、ことあるごとに有里を守り、かばった。 有里もそんな高志をお兄ちゃんのように思っていた。 社会人になった二人は、相変わらずお兄ちゃんと妹のような、気のおけない関係としてお互いを見ていた。 それは空気のような存在感で、お互い意識する、というようなことのない関係として繋がっていた。 それが恋愛感情のようなものと、互いが意識したのは有里に見合い話が持ち上がった時だった。 堅実な会社の、跡継ぎの嫁に、と請われた有里は周りの勧めもあり、高志に想いを残しつつも嫁いでいった。 当然、高志に見合い話が持ち上がったことを告げたが、高志は「有里ちゃん、いい話じゃないか、幸せになれよ」と送り出してくれた。 言葉にこそ出さなかったが、高志は有里と将来結婚するかも知れない、と漠然と考えることがあった。 しかし有里に見合い話の事を告げられた時、妹に対する兄の想いが、はからずも優先した。 おもわず、心にもない言葉が口をついて出た。「有里ちゃん、良い話じゃないか、幸せになれよ」と。 それから二十数年がたって、二人は夕方の駅前で偶然に再会した。 高志には、昔の面影はそのままに美しく歳を重ねた有里が、すぐに分かった。 「有里ちゃんじゃないか」、高志の呼びかけに振り向いて「あら、高志さん」と有里もすぐに気付いた。 有里は帰り仕度を急いでいる時だったが、懐かしい想いが溢れ出たようだった。 「高志さん、近々ゆっくり逢えない? 紅葉でも観に連れていって下さらない」と言った。 高志に異存はなかった、お互いの近況をゆっくり話したかった。 そしてお互いに時間の取れる日を選んで、待ち合わせを約束して別れた。 二十数年ぶりに有里とこうして肩を並べて歩いていると、過ぎた歳月などなかったように感じられた。 ガキ大将と近所の妹のような女の子から、お互い社会人になっても、美しい女性になった有里を、妹のように思って過ごしていた日々。 瞬時にして、その頃の二人に戻れた気がした。 しかし二十数年と言う歳月はお互いの境遇も変えていた。 高志は有里が嫁いだあと、しばらくして社内で知りあった女性と縁あって結婚した。 男の子が一人できたが、妻は数年前に病死していた。 有里の方は、男の子と女の子、一人づつ子供ができたが、夫は数年前交通事故で亡くなっていた。 幸い、亡夫の堅実な会社経営のおかげで、少なくはない遺産が残り、その後の子供の養育と生活に困ることはなかった。 「有里ちゃんも大変だったね」 「高志さんこそ大変じゃないの?」 「俺はこれでも堅実に仕事をしてきたから、息子は国立大学へ行って、下宿生活をしてるよ」 「あら、それじゃ家事はどうなさってるの?」 「男一人も馴れればなんとかやっていけるよ。それに気楽でさ」 「気楽にまかせて、不摂生なことやってないでしょうね」 「そりゃ、男の一人暮らしだから、たまにわさ」 「たま・・・なのね。ほんとならいいけど」 「再婚の話もあったでしょうに。お付き合いをしている方はいないの?」 「子供がちょうど思春期で難しい時期でもあったし、一人暮らしの気楽さが身に着くと、どうでもよくなってね。それより、有里ちゃんこそ再婚話は無かったのかい?」 「私も同じね。子育てに懸命で、自分の事を考えている暇はなかったわ。一人身が淋しいとたまに思う時はあってもね。 でも不思議ね、子供達が大学生と社会人になって手がかからなくなると、一人が辛くなる時があるわね」 紅葉の道を歩いて行くとお寺の本堂に出る。 「それにしても、見事な紅葉ね~」有里が言った。 「夫が交通事故で亡くなって以来、秋は淋しい季節だと思ってたけど。今日はなんだか、とても美しい季節に感じるわ」 「そうだね、有里ちゃんとこうして紅葉を見ていると、紅葉もいっそう綺麗に見えるよ。美人に紅葉だもんな~」 「あら、高志さん、昔に比べたらずいぶん上手になったんじゃない。」 「有里ちゃんに上手をいってもしょうがないじゃないか。ほんとのことだよ。着物も良く似合ってる。さすが、有里ちゃんだ」 「ますますじょうずね~ でもうれしいわ。ありがたく頂戴しておきます」 陽が西に傾き始めると、紅葉がますます赤く燃え上がった。 有里の横顔も赤く染まって見えた。 有里は高志の横顔をちらりと見て、男手一つでよく頑張ってきたのね、と同情とも言えない、いとおしさを感じた。 「有里ちゃん、時々逢えるかなあ」 「ええ、高志さんがよければ」 有里は即答した。 「いい秋だね」 「いい秋ね、燃えるような紅葉だわ」 秋の夕日は残光になりかけていた。 陽が落ち始めると秋の夕暮れは寒くなるのも早い。 「有里ちゃん、寒くないか」 「ええ、少し寒くなってきたわね。でもなんだか暖かいわ」 「日が暮れないうちに本堂を回って降りよう」 「ゆっくり降りましょうよ」 有里はいつまでも紅葉に浸っていたいと思った。 秋の残光は紅葉をいっそう燃え上がらせた。 肩を並べて歩く二人は残光の中に揺らめいているように見えた。 <aoitoriのショート・ショート 12> 作aoitori |