1,991万kW/2,348万kW (09/21 13:50)
84%
■バックナンバー
■RSSフィード
RSS 1.0 RSS 2.0 Atom 1.0
■このブログのURL
https://hyocom.jp/blog/blog.php?key=111542
2009年11月26日(木) 
肩を並べてゆっくりと歩く二人は、しばらく無言だった。

秋ももう終盤で、木々の紅葉も燃え尽きる命の最後の煌めきのように見えた。

「燃えるようね」有里は溜息のようにつぶやいた。

「そうだね」一息おいて高志が答えた。

さくさくと落ち葉を踏む音だけが聞こえる。そんな静寂があたりを包んでいた。

有里は着物姿の和装だった。高志と時間を過ごすのが何年ぶりになるのか、鏡を見ながら整えてきた和装だった。

高志と別れたのは、もう20数年も前になる。

幼なじみで近所のガキ大将の高志は、控えめで物静かな有里を可愛がってくれた。

歳は3つ離れていたので、ちょうどお兄ちゃんが妹をいたわる感覚だったのかもしれない。

有里が小学校の頃は、すでに周りの少女達からは際立って見える美しさを備えていた。

やんちゃで乱暴者で通っていた高志が、近所だと言う理由からだけではなかったのだろうが、ことあるごとに有里を守り、かばった。

有里もそんな高志をお兄ちゃんのように思っていた。

社会人になった二人は、相変わらずお兄ちゃんと妹のような、気のおけない関係としてお互いを見ていた。

それは空気のような存在感で、お互い意識する、というようなことのない関係として繋がっていた。

それが恋愛感情のようなものと、互いが意識したのは有里に見合い話が持ち上がった時だった。

堅実な会社の、跡継ぎの嫁に、と請われた有里は周りの勧めもあり、高志に想いを残しつつも嫁いでいった。

当然、高志に見合い話が持ち上がったことを告げたが、高志は「有里ちゃん、いい話じゃないか、幸せになれよ」と送り出してくれた。

言葉にこそ出さなかったが、高志は有里と将来結婚するかも知れない、と漠然と考えることがあった。

しかし有里に見合い話の事を告げられた時、妹に対する兄の想いが、はからずも優先した。

おもわず、心にもない言葉が口をついて出た。「有里ちゃん、良い話じゃないか、幸せになれよ」と。

それから二十数年がたって、二人は夕方の駅前で偶然に再会した。

高志には、昔の面影はそのままに美しく歳を重ねた有里が、すぐに分かった。

「有里ちゃんじゃないか」、高志の呼びかけに振り向いて「あら、高志さん」と有里もすぐに気付いた。

有里は帰り仕度を急いでいる時だったが、懐かしい想いが溢れ出たようだった。

「高志さん、近々ゆっくり逢えない? 紅葉でも観に連れていって下さらない」と言った。

高志に異存はなかった、お互いの近況をゆっくり話したかった。

そしてお互いに時間の取れる日を選んで、待ち合わせを約束して別れた。

二十数年ぶりに有里とこうして肩を並べて歩いていると、過ぎた歳月などなかったように感じられた。

ガキ大将と近所の妹のような女の子から、お互い社会人になっても、美しい女性になった有里を、妹のように思って過ごしていた日々。

瞬時にして、その頃の二人に戻れた気がした。

しかし二十数年と言う歳月はお互いの境遇も変えていた。

高志は有里が嫁いだあと、しばらくして社内で知りあった女性と縁あって結婚した。
男の子が一人できたが、妻は数年前に病死していた。

有里の方は、男の子と女の子、一人づつ子供ができたが、夫は数年前交通事故で亡くなっていた。
幸い、亡夫の堅実な会社経営のおかげで、少なくはない遺産が残り、その後の子供の養育と生活に困ることはなかった。

「有里ちゃんも大変だったね」

「高志さんこそ大変じゃないの?」

「俺はこれでも堅実に仕事をしてきたから、息子は国立大学へ行って、下宿生活をしてるよ」

「あら、それじゃ家事はどうなさってるの?」

「男一人も馴れればなんとかやっていけるよ。それに気楽でさ」

「気楽にまかせて、不摂生なことやってないでしょうね」

「そりゃ、男の一人暮らしだから、たまにわさ」

「たま・・・なのね。ほんとならいいけど」

「再婚の話もあったでしょうに。お付き合いをしている方はいないの?」

「子供がちょうど思春期で難しい時期でもあったし、一人暮らしの気楽さが身に着くと、どうでもよくなってね。それより、有里ちゃんこそ再婚話は無かったのかい?」

「私も同じね。子育てに懸命で、自分の事を考えている暇はなかったわ。一人身が淋しいとたまに思う時はあってもね。
でも不思議ね、子供達が大学生と社会人になって手がかからなくなると、一人が辛くなる時があるわね」

紅葉の道を歩いて行くとお寺の本堂に出る。

「それにしても、見事な紅葉ね~」有里が言った。

「夫が交通事故で亡くなって以来、秋は淋しい季節だと思ってたけど。今日はなんだか、とても美しい季節に感じるわ」

「そうだね、有里ちゃんとこうして紅葉を見ていると、紅葉もいっそう綺麗に見えるよ。美人に紅葉だもんな~」

「あら、高志さん、昔に比べたらずいぶん上手になったんじゃない。」

「有里ちゃんに上手をいってもしょうがないじゃないか。ほんとのことだよ。着物も良く似合ってる。さすが、有里ちゃんだ」

「ますますじょうずね~ でもうれしいわ。ありがたく頂戴しておきます」

陽が西に傾き始めると、紅葉がますます赤く燃え上がった。

有里の横顔も赤く染まって見えた。

有里は高志の横顔をちらりと見て、男手一つでよく頑張ってきたのね、と同情とも言えない、いとおしさを感じた。

「有里ちゃん、時々逢えるかなあ」

「ええ、高志さんがよければ」 有里は即答した。

「いい秋だね」

「いい秋ね、燃えるような紅葉だわ」

秋の夕日は残光になりかけていた。

陽が落ち始めると秋の夕暮れは寒くなるのも早い。

「有里ちゃん、寒くないか」

「ええ、少し寒くなってきたわね。でもなんだか暖かいわ」

「日が暮れないうちに本堂を回って降りよう」

「ゆっくり降りましょうよ」

有里はいつまでも紅葉に浸っていたいと思った。

秋の残光は紅葉をいっそう燃え上がらせた。

肩を並べて歩く二人は残光の中に揺らめいているように見えた。



<aoitoriのショート・ショート 12>

  作aoitori







閲覧数1,728 カテゴリショート・ショート、掌編小説 コメント6 投稿日時2009/11/26 15:01
公開範囲外部公開
コメント(6)
時系列表示返信表示日付順
  • 2009/11/26 18:21
    やはり古代史やりましょう・・・と書いたらショックですか。冗談です。
    次項有
  • 2009/11/26 18:29
    鉛筆aoitoriさん
    > アイテツさん

    あは、全然ショックじゃありませんよ。

    冗談です・・・で良かった、と書いたらショックですか。


    やはり古代史やりましょうよ。卑弥呼恋しや。

    ・・・あの、アイテツさんのコメント、最高に可笑しかったので、座布団5枚です。
    次項有
  • 2009/11/26 22:20
    こういうの書けるなんて、
    すごいなぁ~って感じます(*^_^*)
    次項有
  • 2009/11/26 22:27
    鉛筆aoitoriさん
    > Harumi Aries♪さん

    ショート・ショートの中では、過去から未来まで。
    フィクションからノンフィクションまで、色んなことが出来るので、楽しいですよ。
    次項有
  • 2009/11/29 08:47
    この写真、いいですね。
    難しいんではないでしょうか。
    次項有
  • 2009/11/29 10:33
    鉛筆aoitoriさん
    > さいごくくんさん

    良い写真でしょう。でも私が撮ったものではないんです。拝借しているものです。
    次項有
  • 次項有コメントを送信
    閉じる
    名前 E-Mail
    URL:
■プロフィール
aoitoriさん
[一言]
心がなごむ、心が通う 輪を! 千客万来、友達歓迎!
■この日はどんな日
■最近のファイル
■最近のコメント
■最近の書き込み